民主法律時報

介護施設でコロナクラスター対応に従事した支援相談員が労災認定

弁護士 谷   真 介

1 事案の経過

(1) 請求人は2017年から宝塚市の介護老人保健施設(いわゆる老健施設)で支援相談員(利用者の入退所時の相談業務、事務手続業務を行う)として働いていた職員である。

2020年に入り日本でも新型コロナウイルスの感染が拡大し、医療・介護施設では各所でクラスターが発生することとなった。同年末には変異株(当時、アルファ株)の流行により「第3波」として感染が拡大、2021年1月には首都圏・関西圏に2度目の緊急事態宣言が出された。その後、同年2月下旬頃に一旦落ち着きを見せるも、同年3月下旬より関西を中心に「第4波」として再度感染が拡がり、重症者の増加によって受入先の医療機関がない「医療崩壊」が起きた。本件施設で大規模クラスターが発生したのはこの「第4波」まっただ中の同年4月のことである。

同年4月初旬、本件施設の重度認知症(当時入所者36名)のフロアで、数名が発熱、検査をしたところ全員が陽性となった。保健所の指示でフロアを隔離した上、同フロアの入所者と職員全員にPCR検査をしたところ、なんと重度認知症入所者36名全員と同フロア担当職員17名の合計53名が陽性となる、過酷な大規模クラスターとなった。

医療崩壊でコロナ感染した入所者を受け入れる医療機関は見つからず、施設内で8名もの入所者が亡くなる大惨事となった。当時はワクチン接種が医療従事者で先行して始まったところで、高齢者や介護従事者はまだ摂取していなかった。隔離された重度認知症入所者のフロアでは、介護職や看護師の人員が不足し、感染の恐怖から出勤を拒絶する職員もいた。請求人は事務フロアでクラスター対応事務にあたることになり、月の時間外労働時間はそれまで25時間程度だったのが、50時間程度にまで増加した。

(2) クラスター発生から数日経った4月20日、感染フロアが人出不足となり請求人に白羽の矢が立ち(請求人が過去別の就労先で2年半ほど現場介護業務に従事した経験があったことも影響したと思われる)、施設長から感染フロアに行って欲しいと指示された。請求人はやむを得ないと決心し、同日から4月29日まで感染フロアで介護業務に従事することになった(その間の実勤務は6日)。なお請求人は、高齢の母と別の介護施設で働く長女と同居していたこともあり、家族に感染リスクを負わせられないため、施設が用意したホテルに宿泊することになった。

感染フロアでの介護業務に従事する間、請求人は防護服、ゴーグル、ヘアーキャップ、シールド、N95マスク等の着脱に困難を伴う重装備を纏い、暑くて大量の汗をかく状態で、ただでさえ重労働である重度認知症入所者の食事介助やおむつ交換等の業務に従事した。常に感染のリスクを伴う精神的緊張、そしてこの状態がいつ終わるのかわからない不安の中で肉体的にも過酷な業務に従事したのである。
その中で最も請求人に精神的打撃を与えたのは、入所者のご遺体の移動作業であった。ご遺体はコロナ感染対策のため透明のビニールで覆われていたため、請求人はご遺体の顔や身体を直接視認して、作業に当たらざるを得なかった。後々も請求人はこの光景がフラッシュバックするなど強いショックを受けた。

(3) 4月29日、請求人の感染フロアでの業務が終了して、検査が陰性であったことからようやく自宅に戻ることができ、同年5月5日からは従前の事務フロアに戻ることになった。ただ、事務フロアに戻ってからも、クラスター対応の事務業務で忙殺され、さらにこの頃高齢者に対し始まったワクチン接種関連業務を担うこととなり、請求人の月の時間外労働時間は50時間程度の状態が続いた。
5月下旬に請求人は頭痛等で出勤ができなくなり、同年6月2日には心療内科に通院したところ、うつ状態と診断されて休職することになり、現在に至っている。2022年8月、請求人は西宮労基署に労災申請をしたところ、2023年5月に認定された。

2 労災認定の内容と本認定の意義

(1) 本件は、後述する精神疾患に関する労災認定基準改正前の事案であり、改正前の出来事表において判断された。
労基署では、感染による死亡、重症化リスクの恐怖を感じながら現場での介護業務にあたり、遺体の顔が見える形で業務に従事したことについては、心理的負荷は大きく「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」(平均Ⅱ)にあたるが、自身は感染しなかったことから死を予感させる程度の出来事とまではいえず、心理的負荷の程度は「中」程度と判断された。

もっとも、クラスター発生後にこれまで従事していなかったクラスター対応業務や介護現場への応援業務、事務フロア復帰後にはワクチン接種関連業務等、新たな業務に従事することになり、クラスター発生前後で月の時間外労働時間が20時間程度増加して45時間を超えていた(発病前2か月平均50時間)ことをもって「仕事内容・仕事量の変化を生じさせる出来事があった」(平均Ⅱ)に該当し、心理的不可は「中」程度と判断された。そして、総合評価が「強」とされ、業務上災害として労災認定された。

(2) この点、時間外労働時間がさほど多くなかったため、労災申請の際に代理人として出した意見では、大規模クラスターの中で介護職ではなく事務職であった請求人が何らの心の準備もなく現場に行き、重度認知症入所者が全員感染しているという未曾有の事態で、いつ終わるかもわからない不安の中で隔離されたフロアで介護業務にあたることが、いかに極度の緊張を強いる業務であったかを強調したが、上記のとおりこれだけは心理的負荷は「中」程度とされてしまった。

しかし、押さえで主張していた労働時間について、クラスター対応前より増加したこと、そして労基法での原則の上限である45時間超をもって心理的負荷「中」とし、「中」+「中」で総合「強」とした点は評価できる。やはりコロナクラスター対応という異常事態での負荷をかなり重く評価したものと思われる。

ちょうど2023年9月1日には、精神障害の労災認定基準が改正された。感染症等対応業務については、令和2年のライフイベント研究においてもカスハラと並んで特に心理的負荷が強いという研究結果が出たことを受けて、新たに心理的負荷のある出来事として加えられた。新しい出来事表では、心理的負荷の平均を「Ⅱ」とするものの、これが「強」とされる例として「新興感染症の感染の危険性が高い業務等に急遽従事することとなり、防護対策も試行錯誤しながら実施する中で、施設内における感染等の被害拡大も生じ、死の恐怖等を感じつつ業務を継続した」が挙げられている。まさに本件は、請求人が本来事務職で急遽介護業務に従事したことや、防護対策も確立されていなかったこと等、認定基準改正後であればそれだけで「強」とされるべき事案だったといえる。

(3) 精神疾患の労災認定件数は過去最高を更新しているが、認定のハードルはまだまだ高い。本件のような事案は申請しても難しいと判断され申請されていないものも埋もれていると思われる。

今後、医療や介護従事者のメンタルヘルス対策が進められることに加え、労災認定基準の改正によってコロナ対応で精神疾患を発症してしまった方が安心して休み治療できるよう労災認定がされやすくなることにも期待したい。

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