民主法律時報

大阪メトロ社員パワハラ自死事件で謝罪・再発防止の和解が成立

弁護士 岩 城   穣

1 事案の概要

被災者のA氏は1974年7月生まれの男性で、1995年4月大阪市交通局に採用されたが、地下鉄民営化により2018年に大阪市高速電気軌道株式会社(大阪メトロ)に移行。担当していた経理業務がグループ会社である株式会社大阪メトロサービスに移ったことから、2020年1月、株式会社大阪メトロサービスへ在籍出向したが、業務環境には全く変化はなかった。A氏は2020年3月6日、大阪メトロ本社屋の17階踊り場で首を吊っているところを発見された(享年45歳)。 職場の机に、子らにあてた遺書を残していた。

A氏は長年にわたり精神疾患の治療を続け、大阪メトロにおいて産業医による定期的な面談等が実施されていた。2019年に仕事に復帰し、同年夏ごろには主治医から減薬指示がなされ、同年8月の産業医面談のメモでも「はっきりと回復傾向」「ほぼ通常の状態」などの記載が見られていた。

A氏は、2020年1月25日までに、丸坊主になった。これについて「仕事できひんからペナルティや。」「しゃーないねん。」「俺が悪いねん。」などと述べていた。A氏は元来、髪は美容室で切り、アメリカンカジュアルブランドの洋服を好み、新作を必ずチェックしたり、シルバーアクセサリーを収集するなど、おしゃれな人だった。

A氏の死後、大阪メトロが行った関係人の聴き取り調査の結果、上司が被災者に対し、「アホ」「仕事辞めてまえ」「死んでまえ」などの言動を行っていた事実が認められた。また被災者が丸坊主になったことについては、上司がA氏に対し、頭を丸めることをペナルティの一例として挙げるなど、A氏にとって、丸坊主になることを求められていると受け止めてもやむを得ない状況にあったと報告されている。

2 労災申請と業務上認定

A氏の遺族から相談を受け、2020年11月16日、大阪西労基署に労災申請を行った。時間外労働時間は社内パソコンのログイン・ログアウト時刻や入退室記録等から算出し、パワハラについては、大阪メトロからの調査報告のほか、A氏の携帯電話に残された携帯メールや、主治医のカルテの記載などから明らかにした。2021年6月17日、業務上の決定が出された。

労基署の認定理由は、発症時期は2020年1月下旬ころで、発症直前3週間に120時間以上の時間外労働が認められたことが認定基準の「特別な出来事」に該当すると判断したというものであった。

もっとも、上記のように「特別な出来事」に該当する事実が認められたため、パワーハラスメントについては認定理由に挙げられなかった。

3 会社との交渉経過

2021年10月29日、会社と役員・パワハラ上司らに対して、損害賠償請求とあわせて、①長時間労働とパワハラの実情・背景についての説明要求、②会社とパワハラ上司の謝罪、③当時同じフロアにいた上司らの処分、④具体的な再発防止策の提示を求め、交渉を開始した。

その結果、2022年3月7日、会社(大阪メトロと株式会社大阪メトロサービス)、代表取締役(当時及び現在の社長)、パワハラ上司らとの間で、次のような内容の合意書の調印がなされた。
①被災者に対する感謝
②長時間労働とパワハラが強い心理的負担を与えたこと(相当因果関係)、これらを適切に防止できなかったこと(安全配慮義務違反)を認めて謝罪
③長時間労働の削減とパワハラ防止努力の約束、再発防止策の会社ホームページでの公表
④パワハラ上司による直筆の謝罪文の交付
⑤解決金の支払

調印には、社長ら自身が参加し、口頭でも遺族らに直接謝罪するとともに、具体的な再発防止策の説明がなされた。パワハラ上司ら関係者・役員ら計6人の処分内容の説明も行われた。調印後、その足で司法記者クラブで記者会見を行ったところ、ほとんどの新聞や在阪テレビが報道した。

4 和解についての評価

裁判を経ることなく、損害賠償のほか、感謝、業務起因性と安全配慮義務違反、謝罪(面談及び謝罪文交付を含む)、関係者の処分、具体的な再発防止策の提示などを行わせたことの意義は大きい(なお、会社は当初、和解内容についての秘匿条項を希望したが、当方は和解金額と個人名以外は秘匿に応じなかった)。

この間、トヨタの過労自死事案でも行われたように、社長自身の直接謝罪と再発防止の宣言や、具体的な再発防止策の公表は、企業の社会的責任の明確化や再発防止の観点から、大変重要である。

このような和解が成立したことによって、ただちに長時間労働やパワハラがなくなるとは考えにくいが、ほとんどのマスコミが報道したこともあわせて、大きな抑制的効果があると考えられる。

(担当弁護士は私と安田知央)

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