民主法律時報

「アベノマスク」情報公開訴訟 単価開示を命じる大阪地裁判決が確定

弁護士 谷   真 介

1 「アベノマスク」と情報公開訴訟

「アベノマスク」―新型コロナが一気に拡大しはじめた2020年4月1日の政府対策本部で、マスク不足に対応するためとして、突如、安倍元首相が全世帯に2枚ずつ布マスクを確保し、配布すると発表した―約500億円もの税金を支出する政府事業として。世間では「なぜ1世帯に2枚なのか」、「エイプリルフールの冗談では」との声が相次いだ。その形の不格好さと相俟って「アベノマスク」と揶揄されるのに時間はかからなかった。

その後、先行して配布された妊婦向けマスクに虫の混入やカビが生えている等で回収騒ぎが起きた。また、市場に不織布マスクが出回るようになったのに、いつまで経っても「アベノマスク」が届かない。そのような中、同年4月下旬には、野党議員の国会質疑を受けても厚労省は業者へのマスク発注単価や枚数を明らかにせず、妊婦向けマスクを受注した企業について4社中1社について非公開とした。非公開とした1社がどこなのか大騒ぎとなり、ようやく開示された社名は「株式会社ユースビオ」。設立後わずか3年も経たない実態不明の会社であった。

この不透明な発注問題がニュースに出た際、私は内閣官房機密費情報公開訴訟で10年間ともに闘い最高裁判決を勝ち取った、政治資金問題でかの有名な上脇博之教授(神戸学院大学)に、「アベノマスク発注経過について情報公開請求をすべきではないでしょうか」と直言したところ、上脇教授はすさまじいスピードで厚労省、次いで文科省に情報公開請求をした。すると各省より、見積書や契約書等の文書が開示されたものの、なんとマスクの単価や枚数が非開示(黒塗り)とされた。その理由は、企業のノウハウ等が判明し競争上の不利益のおそれがある等であった。こんな布マスクの単価にどのようなノウハウが詰まっているというのか・・。あまりに非常識な態度に阪口徳雄弁護士の「提訴だ!」の鶴の一声で提訴に至った(2020年9月に大阪地裁に提訴。以下「単価訴訟」)。

2 「単価訴訟」の国の主張と大阪地裁判決

「単価訴訟」で、国は単価が分かると、需給の均衡が崩れた緊急時におけるマスク等における企業の調達能力や営業ノウハウ、アイデアに関する情報を同業他社が入手し、その仕入れ値を推知し、今後の仕入れの提示金額を上げることにより調達を容易にできる、あるいは仕入先が仕入価格をつり上げることが可能になる等の珍論を展開した。あるいは、単価が分かれば、今後、調達業者が政府に、値段をつり上げて契約単価が高止まりしてしまい、国の事務に支障が生じるとも主張した。このような評判の悪い政策を今後も続ける気があることを前提にした主張自体、世間感覚とあまりにずれていた。

なお、単価訴訟の結審時には、1週間前に期限設定された最終準備書面を国が弁論当日朝に出してきた。当然のように原告がクレームを出すと、裁判所から陳述が認められなかった。国相手の訴訟で国が提出期限を徒過し、書面の陳述が認められない等というお粗末な場面に私は初めて遭遇した。

3 「契約締結経過訴訟」での国の迷走

単価訴訟の約半年後(2021年2月)に提訴し、併行して審理されてきた「契約締結経過文書訴訟」で、国の迷走ぶりは加速する。同訴訟は、上脇教授が「アベノマスク」の発注や契約締結経過が記載された文書、また業者とやりとりした文書について情報公開請求をしたところ、「(何も)存在しない」として不開示決定がされた。これに「そんなはずないやろ」と提訴した訴訟である。

国は訴訟になり、「実は業者との間でメールがあったが、軽微な『一年未満文書』としていたため、担当者がその都度廃棄した」と答弁した。取引のメールをわざわざその都度廃棄しました等もっともらしく非常識なことを述べるのである。原告側はそれなら業者側にメールが残っているだろう、軽微な文書かどうかを確かめたら良い、ということで、受注業者に対しメールの文書送付嘱託申立をしたところ、裁判所はあっさり採用。その結果いくつかの業者から生々しい膨大なメールが裁判所に送付された。すると国は、「メールはその都度廃棄した」という主張を維持できないと考えたのか、「再調査する」と言い出した。その後しばらく期日が空転し、いつまで経っても調査結果を示さない国の代理人に対し、裁判長はしびれを切らして「真面目にやってください。心証にも影響しますよ」とまで述べる始末であった。そして、やはりメールはあった。国は、厚労省担当者の一部に100通以上のメールが残っていた、と言い出したのである。

しかしその後、待てども待てども、存在した同メールについて、開示決定処分の打ち直しはなされなかった。結局国は、再調査で見つかったメールは、「原告が行った情報公開請求の対象文書には該当しないものだったので、不開示決定は適法だった」、「そのため見つかったメールも開示しない」と述べるに至ったのである。

国は徹頭徹尾、アベノマスクに関連する文書は何もない、あっても開示しない、という結論が先にあり、契約締結過程の文書がないとか、業者とのメールもあったが廃棄した等、世間で通用するはずがない言い訳を繰り返し、ぼろが出たらまたごまかす、という態度を続けている。これが今の日本の公文書管理のレベルかと思うと眩暈がする。

4 「単価訴訟」の判決と今後

話を「単価訴訟」に戻すと、2023年2月28日、大阪地裁(徳地淳裁判長)は、「政府が随意契約により購入する各種物品の単価金額や数量等は、税金の使途に係る行政の説明責任の観点から、その性質上、開示の要請が高い」、「随意契約を締結する企業側においても、基本的には、単価金額等も開示されることを想定し、これを受忍すべきである」と述べ、国の非開示情報に該当する旨の主張をことごとく排斥し、「単価」等に関する不開示部分の全てを取り消し、開示決定を義務付けた。判決翌日、松野官房長官は「大変厳しい判決だ」と述べていたが、結局、国から控訴は出されず、一審にて判決が確定した。

マスクの単価という基本的情報を開示させるのに3年もかかってしまったが、これは当然に開示されるべき情報が開示されたにすぎず、我々は問題の入り口に立ったにすぎない。本丸は、もう一つの訴訟で争っている業者選定や発注・契約締結経過を明らかにさせるところにある。安倍政権の負の遺産といわれ、国民の税金が約500億円も支出されながらその効果も不明なままの政府の「アベノマスク」事業について、いまだに基本的な資料が出されず、十分な検証がされていないこと自体、民主主義社会としては異常である。引き続き粘り強く、国民の元に国民の財産である公金使途に関する情報と公文書を取り戻す取組みを続けていきたい。

(弁護団は、阪口徳雄、長野真一郎、徳井義幸、坂本団、谷真介、髙須賀彦人ほか)

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