民主法律時報

西濃運輸事件 大阪地裁で和解―長時間労働に「事故申告強制」「土下座・草むしり強要」等のパワハラで重度うつ病

弁護士 谷 真介

1 事案の概要

原告の男性は、平成18年に大手運送会社「西濃運輸」に中途入社した長距離のトラック運転手であった。昼すぎに出勤し、積み込みをした上で夜に出発、高速道路で夜通し関東まで走行して朝に到着して、荷降ろし。業務終了後、関東の支店で若干の仮眠をとって、またその日の昼すぎから積み込みを開始し、夜に出発、高速道路で夜通し大阪まで走行して戻り、朝に到着して荷下ろし。このような大阪―関東の運送を4日(2往復)続けてようやく1日休みという、過酷な業務に長年従事してきた。しかも高速道路での運転であり、事故を起こすと死に至ることから緊張を強いられる。いわゆる改善基準告示(一日の拘束時間が最大16時間)も全く守られておらず、月の平均時間外労働は100~120時間、多いときで190時間にも及んだ。

そのような過酷な業務を行う中、信じがたい出来事が原告を襲った。平成23年6月(当時原告は40代半ば)、原告が高速道路を関東に向かって走行中、後方を走行する車両に煽られ、無視をしていると、しばらくして通報があったとして警察に止められ、原告がトラックを降りると先ほどの煽っていた車両の運転手が「西濃運輸のトラックに当て逃げをされた」と主張しているというのである。原告は警察に「当て逃げなどしていない」と説明をしているところに、上司から電話があり、「相手車両が西濃運輸の得意先だから事故を認めろ」と強要された。原告は耳を疑い、上司に事故など起こしていないと何度も説明したが、「それなら会社を辞めろ」と取り付く島がなかった。仕方なく、原告は警察に「事故を起こした」と、虚偽の申告をすることになった。

その後、原告が大阪の支店に戻ると、事故を起こしたということで始末書を書かされ、上司に土下座をして謝らされ、「反省出勤」として3日間炎天下で草むしりを無給でさせられた。さらに相手方への弁償金を支払えと迫られ、さらに「草むしりで休んでいたから」との理由で通常より過密なスケジュールでの就労を強いられるようになった。1か月間死ぬ思いで頑張ったが、ある日心身の疲労でフラフラになって大阪の支店に戻ったとき、上司から「何をやってたんや!」、「そんなことだから事故を起こすんや!」と叱責され、原告はついに緊張の糸が切れた。帰りに病院を受診したところ重度のうつ病と診断され、その後、長期休職状態となった。

上記事件から丸1年後の平成24年6月に長時間労働と「上司とのトラブル」を理由に労災認定されたが、2年半後の平成26年11月末に症状固定したとして休業補償給付を打ち切られた。うつ病は重度のまま固定化していたため、復職の目処は立たず、結局、平成26年末には退職に追い込まれた。現在、上記事件から5年以上経っているが、調子の良いときは外出ができるものの、ほとんどが家で臥床する生活を強いられている。

2 提訴と訴訟の進行

平成26年6月、原告は大阪地裁に対し、上司2名と会社を被告として、パワハラと長時間労働の責任を明らかにすべく約6000万円の損害賠償請求訴訟を提訴した。構成は上司2名のパワハラの不法行為と会社の使用者責任、また会社の長時間労働についての安全配慮義務違反、パワハラについての職場環境配慮義務違反の責任である。

会社は、長時間労働の事実についてはさほど争わず、パワハラについては原告は当て逃げをした、原告の言い分を信じなかった上司の対応に問題はないとして争ってきた。原告、上司2名、当て逃げ事故をしたと主張した車両運転手を尋問した上で、裁判所が上司と会社に責任があるとの心証を開示した。

3 悩ましかった点(精神障害と症状固定、労災の後遺障害等級と裁判での主張)

判決を得るかどうかで法的に悩ましかったのは、うつ病の症状固定と後遺障害等級、裁判での主張との関係である。厚労省の通達によれば、精神障害等の非器質性疾患に関する後遺障害等級認定は、「原則として」9級、12 級、14級とされている。これはうつ病等の精神障害が基本的に治療をすれば寛解するもので、重度に固定化するものではない、という理解に立ったものと思われる。この原告の場合、発症後約2年半で労基署では症状固定とされ、療養補償・休業補償が打ち切られた。原告が障害補償給付を申請し、後遺障害等級に関してはこの件は「原則」に当てはまらない事例であり、3級か5級、また少なくとも7級とすべきとの弁護士意見書を提出したところ、労基署は3級相当(後に5級相当に変更)との判断で本省に伺いを立ててくれた(後に労基署の記録の個人情報開示請求や文書送付嘱託で判明した)。しかし、本省にいったまま1年以上そのまま棚上げにされ、結局、1年数か月後に出された本省の回答は「そもそも症状固定の判断が誤っている」という驚くべきものであった。結局、労基署の療養補償・休業補償の打ち切り処分が自庁取り消しとなり、療養補償・休業補償が打ち切り時に遡って復活するという異例の形となった(裁判での尋問が終わったころに、そのような事態となってしまった)。

原告としては、労基署の判断と裁判での判断を一致させる必要はなく、症状固定しており後遺障害等級3級または5級相当として後遺障害を判断すべきと主張を構成したが、裁判所はどうも「症状固定していないのではないか」と考えていたようであった。極めて悪質な事件であったため、弁護士としては判決をもらいたい気持ちもあったが、結局、現在も重度のうつ病で苦しむ原告のためには一回的解決のために内容が良ければ和解した方が良いと考えるに至り、和解協議に入ることになった。

そして、提訴から2年半が経過した平成29年2月12日、上司2名と西濃運輸がパワハラと長時間労働によって重度のうつ病を負わせたことについて責任を認めて原告に対し真摯に謝罪し、解決金2600万円を支払うという内容で和解が成立した(口外禁止条項はなし)。

4 最後に

私がいうまでもなくご承知のとおり、運送業界では信じがたい長時間労働が蔓延し、営利優先で労働条件の悪質さから生じる職場環境の悪化、モラルの破壊が著しい。現在、政府「働き方改革」の目玉として、繁忙期月100時間という「働かせ改革」ともいえる内容で法改正が検討されているが、運輸業は例外(規制なし)として規制を見送り(5年後に見直す)との報道もなされている。
こうした明らかに危険な業界こそ、労働者のかけがえのない命と健康が守られる実効性のある規制が求められる。

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