決議・声明・意見書

声明

賃金のデジタル払いの導入に反対する声明

 厚生労働省は、本年10月26日、第181回労働政策審議会労働条件分科会に賃金のデジタル支払いを可能とする労働基準法施行規則の一部改正省令案の要綱等を示した。現行法が強制通用力を認めている通貨は、紙幣と貨幣だけであり(日本銀行法46条2項、通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律7条)、労働基準法24条は賃金の通貨払いを原則とする。デジタル払いは同条の趣旨に反し、その導入を許容することはできない。


 通貨払いの原則は、労働者にとって生活の原資である賃金が確実に労働者の手に渡ることを確保するための制度である。

しかし、デジタルマネーを導入していない店舗はいまだに多く、経済産業省の「キャッシュレス決済 実態調査アンケート集計結果」(2021年)によると、コード決済の導入率は55%にとどまる。デジタルマネーでは自動販売機の支払もできず、公共交通機関の料金支払もできない。また、デジタルマネーにはスマホ等の端末が必要であるため、その端末を持っていない場合は言うまでもなく、持っていても電波状況などによっては利用できない。デジタルマネーは、現状では通用力、信用力が弱く、通貨と同視できるだけの利便性はない。


 省令案は、「労働者の同意」を得た場合に限って賃金のデジタル払いを認めるものとしているが、労働者の同意は形骸化するおそれが極めて高い。

賃金の支払方法については、使用者側が一方的に決定しているケースが多い。たとえば、賃金の銀行口座払いについては、労働者の同意が要件とされているにもかかわらず、使用者が特定の金融機関を支払先口座として指定するケースも少なくない。労働者の同意を要件としても、同意が形骸化し、使用者に言われるがままにデジタル払いへの同意を余儀なくされる労働者が多数出ることが予想される。

近年、キャッシュレス決済事業者を騙った被害が急増している。賃金のデジタル払いにより、不慣れな労働者がフィッシングサイト等の餌食になることも危惧される。


 そもそも、賃金のデジタル払いに労働者のニーズや利益は乏しい。公正取引委員会「QRコード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書」(2020年4月)によれば、65%がコード決済を利用したことがないと回答している。労政審資料「資金移動業者の口座への賃金支払について課題の整理⑦」でも、賃金のデジタル払いを利用したいと回答したのは26.9%であり、賃金すべてをデジタル払いにしたいと回答したのはわずか7.7%にとどまる。賃金のデジタル払いは、キャッシュレス決済比率を高め、社会のデジタル化を推進し、一部の資金移動業者に大きな利益をもたらすための制度でしかない。


 パブリックコメントの募集を締め切った10月21日からわずか5日後に要綱案が示されており、政府・厚生労働省は労働者の意見を真摯に聴く姿勢を示していない。

民主法律協会は、労働基準法24条1項が定める通貨払いの原則の趣旨を徹底し、労働者の権利を擁護するために、賃金のデジタル払いの導入に強く反対する。

2022年10月28日
民 主 法 律 協 会
会長 豊川 義明

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