民主法律時報

就労請求権を認め元職場に戻すことを命じる仮処分決定を勝ち取りました

弁護士 佐久間 ひろみ

1 仮処分で就労請求権が認められました

2022年11月10日、配転無効・元職場への復帰を求めた仮処分事件で、債権者であるXが、①Y病院(配転先)で就労する労働契約上の義務がないことを仮に認める、②Z病院(元職場)に立ち入り外傷・救急外科医として就労するのを妨げてはならない、との決定を勝ち取りました(大阪地裁第5民事部植村一仁裁判官)。
参考になる珍しい決定だと思いますので、ご報告させていただきます。

2 事案の概要――前触れのない突然の配転命令

Xの元の職場は、Y法人が大阪府から指定管理を受けて運営している三次救急(重篤患者が対象)を担当するZ病院の救急救命センターでした。Xは以前Z病院でしばらく勤務した後、別の病院で勤務していたのですが、Y法人は、Xの救命外科医としてのキャリアに着目し、Z病院の医療水準の向上を目的として、Xを「割愛採用」(特に優遇しての採用)しました。

Xは、再びZ病院において困難な手術を多くこなし、経験の少ない後輩たちの指導にあたり、その中心的な存在となっていきました。

他方でZ病院の内実は、以前Xが勤務していたときとは様変わりしており、新院長・新事務長の下、現場を無視してコロナ対策方針や医療機器を変更するなどの独断が横行していました。このような動きに対し、Xは職場の有志と一緒に、院長らの不正について内部告発するなどしていたところ、本年3月、突然Y病院の救急科への配転を命じられたのです。

Y病院は、二次救急病院であり、Z病院で行うような一刻を争う緊急手術を行うところではなく、しかも、元々人員が不足していたわけではなかったので、Xは何もすることがなくなってしまいました。

そこで本件は、Y病院への配転が無効であることの確認と、元の職場(Z病院)で働かせること(就労請求)を求めました。

3 就労請求権について

就労請求権が認められるためには、労働者に「労務の提供について特別の合理的な利益」がなくてはなりません。この点については、まずY病院では、Xのキャリアの重要な要素である専門医資格を更新するための要件を満たすだけの手術件数を確保することが困難であると主張しました。

これ加え、Y病院では重篤な救急患者を扱わないので、Xの技能が低下することは明かであり、外傷救急外科医としては致命的な損失であるとして保全の必要性に据えました。

さらに、一般に就労請求権が認められない理由のひとつに、具体的な就労は使用者の業務命令を待たなくてはならず、それを特定することが困難であるという指摘があります。この点については、Xの業務は、Y法人からの個別の業務命令など必要がないこと等から義務の特定は充分としました。

4 報復配転であること

配転無効については、配転命令の実質的な理由は報復人事であり合理的な理由もなく権利の濫用であると主張したところ、Y法人は、Xのキャリアを生かしてY病院の医療水準を向上させ、後進の指導にあたって欲しいと反論してきました。

しかし、実際にY病院で指示されたXの業務は、問い合わせのあった患者をY病院のどの科(あるいは他医院)に回せばいいのかを判断することぐらいであり、指導すべき後進医もいない、専門医資格を保持するための手術もない、これまで培った救急救命外科医としての技量を保持するための手術もない状況でした。

するとY法人は事件終結間際になって突如として、実はXの配転は、Xのパワハラで職場秩序が混乱したことが原因であると主張しはじめましたが、Z病院の現役医師や看護師などが、Xのために何通もの反論の陳述書を出してくれました。

5 変化していった裁判官と決定内容

当初、担当裁判官は、Xの置かれた現状に同情を示しつつも、就労請求権については明らかに消極的でしたが、Y病院のいい加減な反論をふまえ、徐々にその態度も変わってきました。

今回の決定は、配転命令について、①限定合意があるから無効、それを置いても②業務上の必要性がないから無効、さらにそれを置いても③債権者の不利益が大きすぎるから無効であると丁寧に認定しました。

そのうえで、Xの医師としての技能・技術を維持・向上させ適切な医療行為を行うためには、看護師らの関係職種との連携が不可欠であるため、就労先を明確にしておく必要があることから、XがZ病院で就労することを妨害することを禁じて、就労先がZ病院であることを明確にして就労の機会を確保することがぜひとも必要であるので、保全の必要がある等と判断しました。

当初は弁護団も就労請求権が認められる可能性は高くないと考えていましたが、粘り強く闘えば応えてくれる裁判官もいるのだということが今回のことでわかりました。もちろんY法人は抗告する意向を示しています。弁護団としてはこの決定をテコにXをZ病院で復帰させるために運動も続けていく所存です。

(弁護団は小林徹也、杉島幸生及び当職)

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