弁護士 田中 俊
1 本事件の提訴とその後の反響
2019年2月25日、大阪府立高校の教員である西本武史さんが、授業準備や部活指導などで長時間労働を強いられた結果、適応障害を発症して一時休職を余儀なくされたとして、大阪府に対し、230万円の損害賠償を請求する訴訟を提訴した。
現役教諭が過労問題で国賠法に基づき自治体の責任を求めて提訴することは極めて異例のことであり、しかも記者会見で、原告が実名および顔を隠すことなく取材に応じたこともあって、マスコミは、テレビ、新聞等で大きく報道した。また、報道を見てこの事件のことを知った方々からも支持する声が、私の元にも多数届いた。法律上、無制限での時間外労働が認められ、長時間労働を強いられている教員の労働実態に疑問を持ち、その改善を求める声が、教育現場で根強いことが伺える。実際、この提訴を受けて、2019年3月5日、大阪府立高等学校教職員組合(府高教)は、本件提訴に連帯する旨の声明を出している。
2 本事件の概要
(1) 西本さんの職務内容
西本さんは、民間企業で勤務後、非常勤講師を経て2012年に大阪府立高校の教員として採用され、現在、2016年からは大阪府立山田高校に教員(社会科)として赴任して以降、2017年度は、世界史の教科担当、1年生のクラス担任、生活指導部の担当、国際交流委員会の責任者、ラグビー部顧問(監督)等の校務を担当していた。
(2) 精神症状の顕在化
2017年7月21日、西本さんは、「不安感・イライラ・仕事のことが頭から離れられない」などの精神症状が顕在化し、クリニックで慢性疲労症候群と診断された。
実際、西本さんは、クリニックに行く少し前に、校長に対し、「不謹慎かもしれませんが、電通の社員よりも働いています。いつか本当に過労死するのではないかと考えると怖いです。体も精神もボロボロです。」「成績も授業も間に合わない。オーストラリアに行く前に死んでしまう。」との内容のSOSを訴えるメールを送っていた。
(3) 校長らの対応
西本さんは、国際交流委員会の責任者として、同月25日から生徒を語学研修にオーストラリアに引率指導することになっていたが、その前日の24日に慢性疲労症候群との診断結果が記載された診断書を校長に提出した。校長らは、診断書を撤回しなければオーストラリアには行かせることはできないと言って、診断書の撤回を求めた。西本さんは、責任感からオーストラリアには今更行かないわけにはいかないので、校長と一緒にクリニックに行って診断書を返却した。
その後、9月19日、西本さんが作成した人事調書の中に、「慢性疲労症候群(1ヶ月就労不可の診断書が出たが返却して勤務を続けた)」との記載があったことを校長らは問題視し、「過労による慢性疲労症候群」との記載に書き換えることを強要した。西本さんは、しぶしぶ書き換えに応じた。
(4) 休業へ
9月25日、西本さんは、クリニックから3ヶ月程度の自宅療養が必要との診断を受けた。その後、西本さんは、勤務困難であるとして2度にわたって合計約5ヶ月間休業した。
なお、西本さんは、同月29日には、別のクリニックから適応障害の診断を受けている。
現在は、症状は寛解し、様子をみながら学校に復帰している。
(5) 長時間労働の実態
2017年度には、前述したように、西本さんの校務は多岐に亘るようになり、適応障害を発症した2017年7月中旬の前6ヶ月の時間外勤務は、以下のとおりであった。
発症前1ヶ月目 、勤務時間286時間57分 時間外勤務126時間57分
同 2ヶ月目、勤務時間323時間37分 時間外勤務155時間37分
同 3ヶ月目、勤務時間277時間24分 時間外勤務117時間24分
同 4ヶ月目、勤務時間260時間08分 時間外勤務103時間13分
同 5ヶ月目、勤務時間231時間26分 時間外勤務57時間43分
同 6ヶ月目、勤務時間254時間07分 時間外勤務86時間07分
なお、西本さんが自宅に持ち帰って行った授業準備等については、時間数には入っていない。
また、校務の処理のため休日出勤も日常的になされていた。特に本件発症前の5月29日からの概ね1ヶ月は連続勤務となっていた。
西本さんの時間外労働時間は、地方公務員労働補償基金の精神障害発症についての認定基準である「精神疾患等の公務災害の認定について」及び厚生労働省の認定基準である「心理的負荷による精神障害」の認定基準に該当するものである。
3 大阪府の責任=安全配慮義務違反
(1) 給特法の存在
長時間労働については、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下、「給特法」という)によって、労働基準法第37条の適用を排除され、時間外勤務手当や休日勤務手当を支給しない代わりに、給料月額の4%相当を支給することが定められている。その趣旨は、教育職員の職務執行の成果は時間等で計測できず、その自主性、創造性に基づく職務執行が期待されているという勤務の特殊性を理由とする。
この点を正面に据えて争った事案としては、平成16年に京都地裁に提訴された事件がある。この事件は、最高裁まで争われたが、原告の敗訴で終わっている。本件訴訟は、この京都の事件と異なり給特法の違憲性や違法性について争う法律構成は取っていない。それは勝訴判決を取ることが重要であるという訴訟戦術的理由と教職員の時間外労働の問題を社会的に警鐘するには取り敢えずこれで十分であると考えたからに他ならない。
(2) 安全配慮義務違反
具体的な安全配慮義務の違反の理由としては、大阪府は、国家賠償法第1条の注意義務として、公務員が職務を遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮する義務を負っている(最高裁昭和5 0年2月25日判決)。
本件は、校長が、国家賠償法上の代理監督者、安全配慮義務上の履行補助者に該当するところ、西本さんに対する常軌を逸した長時間勤務を現認しており、また西本さんの勤務時間について校務文書をもって認識あるいは認識し得たにもかかわらず、勤務時間並びに勤務内容を軽減・是正する措置をとらず、その結果、適応障害の発症に至ったことを理由として、生じた損害に対して、国賠法1条(注意義務懈怠)並びに安全配慮義務違反(民法415条)の責任を追及するものである。
4 今後、弁護団は、訴訟の中で、西本さんの長時間労働の実態を明らかにしていく方針である。争点としては、1.適応障害の発症時期、2.学校の安全配慮義務違反の有無、3.長時間労働の事実認定などが考えられる。
4月23日(火)13時15分から第1回口頭弁論が予定されている。弁護団は、引き続き募集しているので、意欲と興味のある方は当職まで連絡をください。連絡先は、shun.t@evis-l-a.com。
(弁護団は、松丸正、田中俊、佐野史佳)