民主法律時報

時間外手当請求事件での出退勤の時間をどう特定するか―― グーグルマップタイムラインの活用

弁護士 小林 保夫

1 正確な労働時間の把握のむずかしさ

時間外手当の請求にあたって、労働時間をどう把握するか、出退勤の正確な時間をどう把握するかは、タイムカードが備え付けられていない場合は、容易でない。とりわけ、中小企業の場合は、使用者の善意・悪意は別として、タイムカードが備え付けられていないことが多く、そのため労働時間の把握が難しく、未払時間外手当の請求に難渋することになる。

2 依頼者の就労状況

私もまさにこのような事例について時間外手当の請求を依頼された。

依頼者は、ダンプカーで砕石や砂などを、採石場からコンクリートの製造工場に運送する事業を経営する小企業に雇用されて働いた。しかし、使用者は近代的な労使関係のありかたに疎く、きわめて悪質で、みずからの親族については社会保険をかけていたが、従業員については、雇用保険、労災保険、健康保険、厚生年金など一切の社会保険をかけず、かかる指摘に対しても平然としていた。

この企業においては、時間外手当を支払ったり、時間外手当の支払をめぐって争われた前例はなく、本件訴訟に至って、日給は、時間外手当を含むものであると強弁して逃れようとした。

結局依頼者は、使用者の悪質な労務管理のもとで働くことに嫌気がさして、約8ヶ月で退職した。

3 妻へのスマホによる退社時間ないし帰宅時間の送信

この企業にあっても、タイムカードは備え付けられていた。しかし、使用者は、従業員に対して、朝の出勤時間については打刻を求めていたが、退社時間にについては、打刻を求めず、むしろ打刻をしないように指示していた。時間外手当の請求をさせないため悪智慧を働かせたものか。

そのため、すべての従業員が、退社時間についてタイムカードを打刻することはなかった。依頼者も他の従業員にならい打刻をしていなかった。

しかし、退職後に時間外手当を請求することを思い立った依頼者は、退職する直前約1ヶ月については退社時間についてもタイムカードを打刻し、これをひそかにコピーして保管した。

しかし、後に時間外手当の請求を行うについて、約7ヶ月については、退社時間の正確な記録はなかった。

私は、依頼者から、在職していた約8ヶ月間にわたる未払時間外手当の請求訴訟の提起を依頼されたのであるが、出勤時間については、タイムカードの記録があったものの、退社時間については、正確な時間を裏付ける資料がなかった。

そこで、依頼者が、毎日、退社の直前ないし直後に、妻にスマホで退社時間ないし帰宅時間を送信していた記録を残していたことから、この記録に基づいて退社時間を推定し、時間外手当を算出することにした。

この依頼者が、約8ヶ月間にわたり、ほとんど毎日欠かすことなく妻に退社時間ないし帰宅時間を送信していたのは希有な例ではないにしても、きわめて有益な習慣であった。

時間外手当請求事件の前例では、このような記録も有力な資料とされているが、退社時間を正確に特定するにはいたらないことから、裁判上の和解を余儀なくされ、あるいは判決においても相当な減額を余儀なくされるおそれは免れないだろう。

4 グーグルマップのタイムラインの活用

私たちは、訴訟提起にあたっては、出勤時間についてはタイムカードの記載を、退社時間についてはスマホの記録を踏まえて時間外手当の算出をすることを余儀なくされた。

しかし、訴訟の途中に、インターネットで、出退勤時間の立証についてグーグルマップのタイムラインの記録を活用することもありうる旨の示唆に出会ったので、依頼者に尋ねたところ、自分も気がつかないまま早くから自分のスマホのタイムラインを作動させていたことが明らかになった。

そこには、依頼者の在職期間のすべてにわたり、出勤時間、退社時間を含む正確な行動記録が残されていたのである。

そこで、 私たちは、グーグルマップのタイムラインの記録により依頼者の正確な出勤時間、退社時間を把握することができ、あらためて正確な時間外手当を算出し直し、証拠として提出することができた。

ちなみに、これまで時間外手当をめぐる案件を100数十件処理してきたという担当裁判官(大阪地裁民事5部)も、このようなタイムラインの記録に基づく算出事例を扱ったことはないとのことであった。

裁判官からは、在社していた時間のすべてが労働時間にあたるかどうかについての指摘があったが、出退勤時間についての疑義はなかった。

ちなみに、裁判は、裁判官から執行の困難や手間についての配慮から強く和解を勧告され、依頼者の生活上の必要もあって裁判上の和解による解決を余儀なくされる結果となった。 私としては、悪質な使用者に対する付加金の制裁やグーグルマップのタイムラインについての証拠方法としての判断を得られない不満を残したが、余儀ない対応であった。

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