民主法律時報

年金事件控訴審報告

弁護士 喜 田 崇 之

1 はじめに

大阪高等裁判所第10民事部(中垣内健治裁判長)は、2022年11月16日、大阪の原告ら104名が、2015年8月7日付で「特例水準」の引き下げによる老齢基礎年金・厚生年金の改定決定処分の取消し及び2016年8月8日付でマクロ経済スライドが適用された年金改定決定処分の取消しと正しい年金額への改定決定を求めた訴訟で、2020年7月10日に大阪地方裁判所第2民事部(三輪方大裁判長)で下された不当判決に対する控訴審において、いずれも控訴棄却との判決を言い渡した。年金引下げ訴訟は、全国39箇所で1000名以上の原告らが訴訟提訴しているが、敗訴判決が続いており、未だに勝訴事例が一件も出ていない。
本稿は、年金事件判決の詳細を報告する。

2 私たちが問題にしているマクロスライド制度

マクロ経済スライドとは、従来の物価スライドを適用しつつ、今後100年間に渡る年金財政の均衡を保つことができない見通しであることを前提として、財政均衡を保つために、実質的な年金額を削減するというものである。

具体的には、物価スライド制度によって年金額が上昇する場合に限って上昇幅を上限として調整(抑制)するものであって、物価スライド制度によって年金額が減少する場合にはマクロ経済スライドの適用はないため、名目額が下がることはないが、実質的な価値が減少するというものである。マクロ経済スライドにより年金額を「調整」すると言われるが、実質的な価値が減ることはあっても、マクロ経済スライドによって年金額が増えることは一切起こらない。

制度そのものは、2004年法改正により導入されたが、いわゆる「特例水準」が解消されるまでは、マクロ経済スライドが適用されない構造となっていた。しかし、2012年法改正によって、「特例水準」が段階的に解消され、マクロ経済スライドの適用条件が整い、2015年度に初めて適用されることとなった。減額幅は、①現役世代の人数の変化と、②平均余命の伸びを反映した一定率を考慮して算出され、2015年4月度で言えば0.9%の実質的に減額となっている。

マクロ経済スライドはその後の法改正により、未調整分のマクロ経済スライド年は次年度以降に繰り越されるいわゆるキャリーオーバー制度が導入されたり、また、物価上昇があっても賃金がマイナスの場合には、賃金のマイナスに合わせられ、マイナス改定となる仕組みとなった。2022年4月以降の年金額は、賃金減額率に合わせて0.4%のマイナスになっている。

3 判決の内容

控訴審判決は、原告らがマクロ経済スライドは後退禁止原則を定めた社会権規約に違反すると主張したことに対し、立法府の裁量を直接に羈束するものではないと判断した。また、安定した年金制度構築のため、社会経済情勢の変化に応じて年金財政を自動的に調整するマクロ経済スライドは相当の合理性を有しているものとし、マクロ経済スライドの終了時期が不明確で、長期間にわたり調整がされる可能性を認めつつも、それ故に制度が不合理であるとはいえないとした。

また、年金積立金の活用をすべきであるという原告らの主張についても、100年という長期的な制度設計は相応の合理性があると判断した。

そして、日本の年金水準がILO102号条約に違反するという主張についても、ILO102号条約の国内裁判所における自力執行力を否定し中身の審理に入らず、門前払いした。

さらに、低年金で苦しむ女性年金者に対しては、別途取り上げるべき問題とはせずに憲法に違反するものではないと判断した。

4 今後に向けて

すでに、全国の各高裁で不当判決が下されており、最高裁へ上告している。大阪訴訟も、すぐに上告したところである。

また、年金者組合と一部の弁護団が協力して、ILOに対する働き掛けも行っている。すでに、2022年7月、年金者組合から、ILOに対し、ILO憲章 条に基づくILO102号条約年次報告に対する申立(observation)を行っている。当職も、2019年 月末に、スイスジュネーブのILOに赴き、日本での年金引下げ違憲訴訟の状況やILO102号条約違反の主張を説明し、日本政府に圧力をかけてもらうように協力要請をしてきたところであり、今後も、最高裁の闘争だけでなく、ILOを巻き込んだ場外乱闘を展開し、少しでも年金制度の改善のための状況を作っていきたい。

かたや生活保護引下げ違憲訴訟では、大阪地裁での勝訴判決に続き、熊本、東京、横浜でも勝訴判決が続いており、社会保障裁判の全体の流れは悪くない状況にある。この年金訴訟においても、敗訴判決が続くこの状況を何とか打破したいと思う。

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