民主法律時報

化学物質の管理のあり方について~労働安全衛生規則の改定~

化学一般関西地方本部 顧問 堀 谷 昌 彦

1 職場の化学物質管理に関する法改訂の動き

国は2019年9月、第1回職場における化学物質等の適正な管理のあり方に関する検討会(以下「検討会」)を開催し、2020年12月に中間まとめを行い、2021年7月、15回の検討会を経て検討会報告書を公開した。その内容を要約すると、国は化学物質の管理濃度等の基準を定め、企業はその責任において適正な自主的管理(報告書では「自律的管理」)をするというものであり、これまでの法規制のあり方を大きく変えるものである。国はこれを受け2023年4月から新たな管理が導入されることを既に決めており、大きな改定が急ピッチで進められている。多くの被害者を発生させ、その予防を目的に制定された特定化学物質障害予防規則、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、粉じん障害防止規則、四アルキル鉛中毒予防規則(以下「特別則」)の緩和・廃止も盛り込まれており危険な側面もある。今後注視が必要である。

2 法改訂の概要と問題点

厚労省は法改定の4つのポイントとして以下を挙げている。
① ラベル・SDS(化学物質安全データシート)の伝達やリスクアセスメントの実施義務対象物質が大幅に増加する。
② リスクアセスメント結果を踏まえ労働者がばく露される濃度を基準値(国が設定)以下とすることが義務付けられる。
③ 化学物質を製造・取り扱う労働者に適切な保護具を使用させることが求められる。
④ 自律的な管理に向けた実施体制の確立が求められる。

①については、対象物質が674物質から約2900物質へと拡大しさらに国がGHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム:既に運用されている)分類で危険有害性を確認したものが順次追加される。特別則で特定の化学物質を指定すると法規制がなく安全性が分からない化学物質に代替し新な職業性疾病を引き起こす欠点を修正する目的がある。一方で、適正な管理方法を具体的に定めた特別則のもつ良い点が失われる危険性もある。安全衛生対策は企業ごとにレベルが違うので同じ危険有害物質を扱うのにある企業は密閉装置や局所排気装置を使用するのに別の企業では保護具だけで済ませるケースが生じる。労働者に被害が及ぶであろう。

②については、管理基準を国が定め、企業がそれを守ることを前提にしている。労働者の健康を意識している経営者は決して多いとは言えないし、適切にリスクアセスメントを実施できるようになるには化学会社の技術者でも10年は要するので圧倒的に人材不足である。今のところ現実と乖離していると言わざるを得ない。

③については、有害物質の取扱いにあたっては、まず発生源対策が一番有効であり保護具の使用は順位が低い。例えば石綿解体現場で作業者が厳重な保護具をしても粉じんを周囲にまき散らしていたのでは被害が拡大するのは自明である。安価な対策として保護具の使用が中心になると危惧する。

④については、化学物質管理者の選任が義務化されるが、実務者要請のセミナーの内容を見ると講習5.5時間、実習3時間である。10年かかって一人前と考えていたが、10時間以下で良しとされる。せめて消防法危険物保安講習のように数年ごとに繰り返し学習を実施すべきである。

その他の問題点としては発がん物質等への対応である。発がん性を有することが判明している化学物質はごく僅かであり、IARC(国際がん研究機関)が、発がん性がない「グループ4」と分類した化学物質は一つもない(2022年12月現在)。今回の改定では、1年以内に複数の労働者が同種のがんに罹患した場合医師の意見を聞かなければならないというのであるが、これでは殆どの職業がんを見過ごしてしまう。在職者の発がんなら1件でも業務起因性を疑って調査すべきであるし実際の発がんは退職後が殆どである。

がん原性物質の作業記録の保存については30年間保存しなければならないとなった。筆者が在籍した化学会社では全ての化学物質の取扱い記録を実質的に永久保存しているが、取扱い当初わからなくても後に発がん性が判明した物質もたくさんある。

特別則の緩和については環境測定結果に基づき環境測定および特殊健康診断の頻度を減らしてもよいことになった。環境測定をする時は通常と違う作業を会社が指示するケースもあり、何回かクリアすれば環境測定および特殊健康診断の回数を減らすことができるので、こういった安直なコストダウンは多くの職場で推進されることであろう。

3 最後に

今回の法改定について、多くの化学物質のリスクアセスメントを実施し、適正な管理をしようとする方向性には賛同できるが、経営者の意識改革をさせる担保がない(罰則がない)ことや、人材育成には時間と資金が必要であることなど課題も多い。特別則はその明快さから化学職場では大いに活用されているのに、緩和・廃止というのは拙速である。

化学一般は、来春闘に向けて署名活動に取り組んでおり厚労省交渉を予定しているが、化学産業単産として現場の声をまとめ訴えていきたい。

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