民主法律時報

仲田コーテイング事件~労働契約法のワーク・ライフ・バランス条項を根拠として配転命令を無効とした事案(追記:本件は控訴審において裁判上の和解によって円満に解決しています)

<追記:本件は控訴審において裁判上の和解によって円満に解決しています>

弁護士 古 川   拓 (京都)

 製造工場の製造課長に出された京都から横浜への配転命令の是非をめぐる争いにおいて、労働契約法のワーク・ライフ・バランス条項(3条3項)の趣旨から、住居の移転をともなう配転命令についてその当否判断には慎重であるべきと判断し、同命令を無効とした事例です。

◇―事案の概要――解雇から撤回・配転命令
被告会社は、自動車・電気その他の部品のコーティング加工を行なう会社で、本社(横浜)工場、町田(東京)工場、京都工場などがあり、従業員数は72名、京都工場の従業員数は11名でした(平成18年5月当時)。
一方、当該労働者(原告)は、採用された平成18年6月時点で42歳で、求人広告を通じて京都工場の製造課長として採用され、主に品質管理や生産管理を行なっていました。
被告会社には就業規則が存在しましたが、その中には配転に関する定めはなく、「従業員は、この規則に定めるもののほかに会社で定める諸規則及び職制に定められた上長の指示命令を誠実に守り」との定めがされているにとどまります。
また、被告会社における転居をともなう配転命令は、これまで20年間に2件程度が認められるのみでした。
また、当該労働者が応募した求人広告の就業地にも京都工場の所在地のみが記載されており、「企業概要」欄の本支店・営業所等を記載する欄に、横浜本社や町田工場があることが記載されているのみでした。
そして、採用面接においても、面接担当者から、転勤がありうるという説明がなされたことはありませんでした。
こうしたところ、平成21年3月になって、突如、被告会社は当該労働者を呼び出し、顧客先や部下から苦情が出ているなどと告げ、翌日当該労働者を解雇しました(以下「本件解雇」といいます)。これに対し当該労働者は地域労組「ユニオン南の風」及びJMIU京滋に加入して、解雇撤回および時間外・深夜・休日手当の支払いを求めて団体交渉申し入れを行なったところ、被告会社は同年4月に行なわれた団交の席上、本件解雇を撤回するとともに、当該労働者に対し横浜本社勤務を命じる配転命令をしました(以下「本件配転命令」といいます)。
原告が本件配転命令を拒否して京都勤務を求めたところ、被告会社は就労を拒絶した上で、横浜での就業がないとして5月以降の給与を支払いませんでした。
そこで、当該労働者が被告会社に、本件配転命令は無効であるとして、平成21年5月以降の賃金支払いを求めたのが本件です。

◇―争点およびこれに対する裁判所の判断
本件の争点は、①被告会社がそもそも当該労働者に対して配転命令権を有しているか、②配転命令権があるとした場合に、勤務地を京都に限定する合意があるか、③勤務地限定合意がないとしても、本件配転命令が権利濫用に当たらないか、という3点で争われました。
被告会社は、会社は労働契約締結により、従業員に対し包括的な配転命令権を取得している(いわゆる「包括的同意説」)との主張を展開し、本件配転命令権の有効性を主張しました。そのうえで、当該労働者の悪性立証(顧客クレームや従業員とのトラブル、就業時間中の業務外行為などが存在したとする主張立証)に努めました。
また、被告会社からは、本件配転命令は解雇回避努力の一環であり、無効であるとすれば解雇権濫用法理を前提とする日本の雇用システムにおいて矛盾となる、という主張もなされました。
この点、本件判決は、争点①について、当該労働者と被告会社の間に締結された労働契約の内容を検討し、本件においてはそもそも被告に本件配転命令をする権限があったとは認められないと判示し、②および③の争点に踏み込むまでもなく、当該労働者の賃金請求を認容しました。
本件判決は、「通常、使用者が一定の配転命令権を有することは明示あるいは黙示に労働契約において予定されており、多くの場合、就業規則にその旨の定めがされている。」として、「就業規則に配転に関する定めがない場合であっても、それをもって直ちに配転命令権がないということはできない」としながら、「配転命令の内容が多様で、労働者の社会生活上、職務上の負担やキャリア形成に与える影響も様々であることや、労働契約の内容は労働者及び使用者が対等な立場で自主的交渉において合意することにより締結し、変更されるべきであること(労働契約法1条、3条1項参照)にかんがみ」れば、「労働契約を締結したことにより使用者が包括的な配転命令権を取得するということはできない」として、包括的合意説を明確に否定しました。
そして、労働契約の内容は、「労働契約締結の経緯・内容や人事異動の実情等に照らして、当該労働契約が客観的に予定する配転命令権の有無及び内容を決すべきである。」と判示したうえで、「本件配転命令は、住居の移転を伴う配転を命じるものであるところ、このような配転命令は、使用者が配慮すべき仕事と家庭の調和(労働契約法3条3項)に対する影響が一般的に大きなものであるから、その存否の認定判断は慎重にされるべきものである」と判示しました。
そのうえで、(1)就業規則に配転命令を定める文言がないこと、(2)求人広告にも配転に結びつきうる記載がないこと、(3)採用面接時に配転の可能性があるとの説明がなされていないこと、(4)住居の移転をともなう配転の実績が20年間で2件程度であること、(5)本件配転命令の経緯が解雇・団体交渉・解雇撤回という流れのなかで出されたものであり、従業員の長期育成の一環として定期的になされ、あるいは事業形態変更による再配置といった通常予定される人事異動としてなされたものではないこと、などの事実を挙げて、本件における配転命令権の存在を否定したのです。
また、「一般的な配転命令権が認められない場合であっても、使用者が個々の場面で配転に対する労働者の個別の同意を得る努力をすることで、解雇を回避することは可能」であり、かえって、そのような「極限的な場面を想定することで、労働者の社会生活上、職務上の負担に影響する配転命令権を安易に認めるのは相当とは思われない。」として、配転命令を解雇回避努力の一環として考慮すべきであるとする被告会社の主張についても、排斥しています。

◇-本件判決の評価
本件判決は、就業規則に配転命令に関する明文がなく、配転についての個別の説明も行なわず、かつ突然の解雇・解雇撤回に続いて何の協議・交渉もせずに配転命令がなされたケースであり、結論的には当然であるといえます。
しかし、本判決は、住居の移転をともなう配転命令について、労働契約法上のワーク・ライフ・バランス条項(労働契約法3条3項)の趣旨にさかのぼって「慎重に」判断すべきであると判示しており、労働契約法の同条項の趣旨を、具体的な労働現場における命令の当否判断の根拠として反映させていくべきとする点において、特筆すべきものであると評価できるでしょう。
また、被告が主張した、配転命令を解雇回避努力の一環として認めるべきであるとする主張について検討しつつ、前述のとおり排斥していることも評価できるでしょう。今後同様の主張が会社側からなされた場合の参考になるかと思われます。

◇-今後の展開について
本件は、先行する仮処分事件においても配転命令権の存在が認められなかった事例(申立自体は保全の必要性が存在しないとして却下)ですが、本件判決後、被告会社はただちに控訴しており、同事件は大阪高裁で審理されることになりました(第一回口頭弁論期日は本年12月9日午後3時より大阪高裁73号法廷にて)。
また、本件は、地域労組「ユニオン南の風」が活発な裁判支援を行い、毎回多くの傍聴支援者が法廷を埋め、中に入りきれない期日もありました。このことが収支裁判官にも緊張感を与え、今回の判決に至った一因となったのではないかと考えます。
弁護団としても、この判断が高裁でも維持されるよう、さらに全力を尽くしたいと思います。

<追記:本件は控訴審において裁判上の和解によって円満に解決しています>

(弁護団は毛利 崇、塩見卓也、古川 拓)

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