民主法律時報

大阪空襲訴訟1審判決のご報告― 敗訴ですが一定の成果を得ました―

               弁護士 大 前  治

 2011年12月7日、「大阪空襲訴訟」の判決が言渡されました(大阪地裁第17民事部、黒野功久裁判長)。
 この裁判は、66年前の空襲で被害を受けた23名の原告が国に対して謝罪と補償を求めたものです。
 提訴は3年前の12月8日(日米開戦の日)。その後、最終弁論まで法廷は11回開かれました。原告14名と証人(水島朝穂教授、直野章子准教授)の尋問は、2日間の終日をかけて実施されました。
 2011年7月11日の最終弁論の後、判決言渡期日は「12月7日」と指定されました。原告・弁護団は、「日米開戦日の前日を指定するからには、それなりの判決が書かれるべき」という思いで、この日を待ちました。
 判決の概要を以下に報告します。

◆「戦争損害受忍論」は採らない
 ―戦争被害者の放置は平等原則違反となりうる
 最高裁は、「戦争という国家危急の事態においては国民は等しく苦難の受忍を強いられるものであり、戦争被害の救済は現憲法の予定しないところである」という戦争損害受忍論を採用してきました。かつて名古屋大空襲訴訟においても、この考え方により上告を棄却しています(昭和62年6月26日判決、判例時報1262号100頁)。
 しかし、戦争損害受忍論には法律上の根拠は全くなく、戦後補償を終わらせるため政府審議会から出てきた政治的言説にすぎません。そのことを、本件訴訟で証人として出廷した九州大学の直野章子准教授(社会学)は、歴史資料を示しながら証言しました。
 これを受けて大阪地裁判決は、戦争損害受忍論を採らず次のように述べました。
 「戦争被害を受けた者のうち、戦後補償という形式で補償を受けることができた者と、必ずしも戦後補償という形式での補償を受けることができない者が存在する状態が相当期間継続するに至っており、上記の差異が、憲法上の平等原則違反の問題を全く生じさせないと即断することはできない」。
 まわりくどい言い回しですが、要するに戦争被害補償は現憲法の枠外だと切り捨てるのではなく、不合理な差別があれば憲法による救済が可能であると認めているに等しいのです。これまでの同種裁判例と比較すれば画期的といえます。
 ここまで認めるのであれば、旧軍人と民間人との厳然たる格差に目を向けて、平等原則違反が認定されるべきでした。しかし、補償状況に違いがあるが不合理な差別というまでに至っていないという理由で否定されました。あと一歩まで迫ったとはいえ、残念です。

◆防空法制(空襲から逃げられない状況)を認定
 もう一つの成果は、戦時中の防空法制についての事実認定です。判決は、戦時中は都市からの退去を禁止する方針がとられた事実と、原告ら国民が空襲から避難することは困難であったという事実を認定しました。
 これまで存在が知られていた法令(防空法、同法施行規則)は、国民に対して「内務大臣は国民に対して退去を禁止できる」と定めたものです。これだけでは、実際に退去が禁止されたか否かは分かりません。もちろん、社会のすみずみまで戦争協力体制・国家総動員体制が敷かれたことにより、都市から逃げだせない風潮が存在したことは事実ですが、具体的な法規により明確に退去禁止が実施されたか否かは不明のままでした。
 弁護団が調査したところ、真珠湾攻撃の前日である昭和16年12月7日に内務大臣が発した通牒「空襲時ニ於ケル退去及事前避難ニ関スル件」が国立公文書館で発見されました。この通牒は各府県長官および警察署長に対する指示文書であり、「退去ハ一般ニ之ヲ行ハシメザルコト」を指導原則と定め、老幼病者についても退去を抑制し、これに反して退去する者には適宜「統制」を加えよというものです。防空法と同法施行令に続いてこの通牒を発することによって、国民を空襲の下に縛りつける法制度が確立されたことが明らかになりました。
 このほか、GHQに押収されてから日本へ返還された書綴類から多数の防空関係通牒が見つかり、証拠提出しました。早稲田大学の水島朝穂教授が防空法制について証言していただいたことも大きな力となり、詳しい事実認定につながりました。
 さらに判決は、空襲火災時の避難を許さず消火を義務付けた防空法改正や、隣組の組織化、徹底した情報統制(空襲の危険性や被害実態を隠匿したこと)などを事実認定しました。「焼夷弾が落ちてきたら、直ちに防空壕から飛び出して火を消せ」、「そのためには、防空壕は庭先ではなく床下に作った方がよい」という指導がなされたことも、認定されました。こうして本判決は、空襲必至の状況下で国民がおかれた状況を具体的に事実認定した司法史上初の判決となりました。
 ここまで事実認定するならば、「原告らは軍人と同様の危険な状況におかれ、軍人と同様に危険な義務を課された」として、戦後の補償において軍人と差別するのは不合理であると認定すべきでした。しかし判決は、こうした戦時中の体制は原告だけでなく広く国民に影響を与えたのであり、原告らに補償しないことが不合理とはいえないと結論づけました。あと一歩のところまできて、話をすり替えられた印象です。

◆軍人以外も幅広く補償されていることを認定
 このほか判決は、戦傷病者援護法が空襲被災者以外のあらゆる公務員・民間人に対して補償をしている事実を認定しました。法律改正だけでなく、こっそり通達で解釈変更するなどして同法の適用対象は順次拡大されました。そのことを判決は認定しました。
 ここまで認定するならば、「空襲被災者だけが補償を受けず取り残されている、不合理な差別が存在する。」と認定すべきでした。しかし判決は、「軍人を補償することは不合理ではない」という話を唐突に持ち出して、不合理な差別はないと結論づけました。

◆いよいよ控訴審です
 原告らは控訴して、引き続き謝罪と補償を求めていきます。
 控訴審では、1審が認定した事実をより詳細に主張・立証し、さらに救済法を制定しない立法不作為の違法性につなげていく点で、いっそうの努力が必要と考えています。
 皆様方のさらなるご支援をお願いします。 

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