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意見書

有期労働契約研究会報告書に対する意見書

民 主 法 律 協 会
会長 萬井 隆令

 厚生労働省の有期労働契約研究会は、2010年9月10日、有期契約に係る施策の方向性について報告書(以下、『報告』という)を発表した。
 『報告』は、有期契約の法的および経済的な意味や労働者の実態についての理解が不十分な上、基本的には現状を追認しつつ若干の手直しを求めるだけで、実効ある規制の方向を示すということには全くなっていない。
 以下、5点にわたって、あるべき有期労働契約規制の方向性を述べる。


第1 雇用安定と均等待遇実現のために有期労働契約規制を検討すべきである

 『報告』は、各種統計や意識調査等を踏まえて、「雇用の不安定さ、待遇の低さ等に不安、不満を有し、これらの点について正社員との格差が顕著な有期契約労働者の課題に対して政策的に対応すること」が求められていると述べる。

  1.  この現状認識からは、先ず、不安定雇用や差別処遇の要因の検討が不可欠であるが、それが全くなされていない。
    「有期労働契約における雇止め一般は、契約期間の満了の当然の帰結」である。それゆえ、雇用の不安定は、判例による救済法理が存在するとはいえ、有期労働契約に本質的に内在するものである。この不安定さを解消するためには、有期契約自体を規制するか、有期契約における雇止めに対し解雇と同等の規制を行うかしかない。
     なお、差別処遇は、有期契約に本質的に内在する問題ではなく、使用者による実際上の取扱いの問題であるから、同一(価値)労働同一賃金の観点から、有期・無期を問わず現状の差別処遇をどう規制するかという課題として検討されるべきである。
  2.  『報告』は、不安定雇用や差別処遇の要因について検討を欠いているため、現状を追認しつつ、経営に支障をきたさない範囲でしか規制のあり方を検討していない。
     有期契約の機能に関し「企業側からは、中長期的ばかりでなく短期のものも含めて需要変動等に伴う『経営リスク』へ対応するといった労働市場全体における『柔軟性』への要請がある」ことを所与の前提として、企業側に若干の「配慮」を求めるという姿勢では、雇用の不安定も差別処遇も解消し得ない。

第2 有期労働契約は労働者の利益にはならない
  1.  『報告』は労働者にニーズがあることを当然の前提としているが、その論理には以下で述べるように多くのごまかしがある。

    (1) 労働者にも多様な働き方のニーズがあるという見解がある。だが、無期労働契約であっても労働者は自由に退職できるから(民法627条参照)、あえて雇用終了の日時を限定する必要は全くない。『報告』は「正社員同様職務型」「高度技能活用型」「別職務・同水準型」「軽易職務型」の4類型に分けて実態調査を行ったというが、いずれの類型であっても、有期契約によって退職の自由はむしろ制限される。労働者が有期契約を選択する法的メリットは何もなく、この点のニーズは存在しない。
     なお、現行の労働基準法137条は、有期契約が1年を経過した日以後は、労働者はいつでも退職し得ることを「当分の間」保障している。『報告』はその削除を議論すべきとしているが、退職の自由の保障は重要な意義があり、同条項は今後も維持すべきである。

    (2) 労働者への実態調査によれば、有期契約労働を選択した理由は「正社員としての働き口がなかったから」という理由が最も多く、世帯主本人が有期労働者である割合が高く、有期労働者の業務が「正社員と同様の職務」という割合も高い。一方で、有期契約労働者は、「勤務先一カ所からの賃金収入のみで生活している」割合が高く、その年収は200万円未満が最も多くなっている。これらのデータは、有期労働の労働条件が極めて低く、たとえ、世帯主の配偶者らが軽易な職務に従事して家計を補助する事例があるとしても、多数の有期労働者は、自らはその雇用形態を望んでいないことを浮き彫りにしている。

    (3) 労働者のニーズ論は、同調査等において、労働者側が有期契約を結んだ理由として「仕事内容・責任の程度、勤務時間等が希望に合っていること」という回答が高い割合を示していることを、主たる論拠にしている。
     しかし、「仕事の内容・責任・時間」は、労働契約が無期か有期かとは別の問題であり、それらについて労働者のニーズがあるからといって、有期契約のニーズがあるということにはならない。また、「仕事の内容・責任・時間」は、労働者が自由に選択できるわけではなく、企業との協議-合意が必要なのであるから、有期契約だからといって労働者が自分の希望にあった仕事を得られるという保障はどこにもない。
     結局、労働者のニーズ論は、短時間労働や軽作業労働等については有期契約が多いという現実から、労働者は有期契約も必要としていると結論づけるものであるが、それは論理のすり替えでしかない。
     「仕事の内容・責任・時間」において労働者の希望に沿う仕事が、原則として無期労働契約で募集すべきことになっても、労働者には何らの不利益も生じないのであるから、労働者のニーズ論は有期契約を認める根拠たり得ないのである。

  2.  『報告』は、特に中小企業において、「厳しい雇用失業情勢の下、労働者全員が正社員の職を得ることが困難な状況にある中で…有期労働契約は求人、雇用の場の確保、特に、無業・失業状態から安定的雇用に至るまでの間のステップという役割を果たし得る」、「職業生涯全体を見据え、キャリア形成のために時宜を得て有期労働契約が活用されることで、職業能力の向上に寄与する役割も期待でき」る、また、契約期間の適切な設定は「能力発揮、職業能力開発や職業生涯を通じたステップアップにつながる」と指摘している。しかし、以下に述べるように、それらの理由にも説得力はない。

    (1) 有期契約を広く認めることが、雇用創出につながるという実証的データは存在しない。
    そもそも、労働者の雇用のニーズは業務量によって規定される。企業は、労働者を雇用するよりも、現存の労働者に残業させて業務の増加に対処するのが現実であり、雇用創出のためには時間外労働こそ規制すべきであることは歴史が教えている。有期契約の放任では雇用は増えないし、規制したことで雇用が減ることもない。

    (2) 有期契約は正規労働者へのステップアップの機能があるという議論にも根拠はない。有期契約が複数回にわたり反復更新され、長期間雇用されているにもかかわらず、正規労働者への登用につながらない、というのが現実である。
     企業にとっては、低賃金で長期にわたって使えるならば、有期労働者をあえて正規労働者にするメリットはない。労働者は他に労働条件のよい就職先を見つけたなどの場合には他社に移ることはあり得るが、能力の流出は企業にとっては好ましくないとしても、それは正規労働者であってもあり得ることで、雇用形態に関わらない事柄である。むしろ現状では、有期契約は、「正社員への登用」を餌にして、過酷な労働条件を押しつけ、加重労働を強いる手段として利用されている。
     なお、『報告』は、トライアル雇用としての活用例を指摘している。だが、「トライアル雇用」は、試用期間に関して現に成立している判例法理の規制を免れ、「採用の自由」論によって合理的理由がなくても期間満了の際の更新拒否を認めるものであり、労働者保護に反する。

    (3) 有期労働契約は職務能力向上に寄与するという議論は虚偽である。
    職務能力は、継続的な労働によって培われ向上していくものであるが、有期契約の期間が満了した際、契約が更新され、当該労働者が同一事業所で働き続けられる保障は全くない。細切れの雇用は、継続的な就労による経験の蓄積を阻害するから、有期契約はむしろ職務能力向上の障害になる雇用形態である。

  3.  このように、有期契約が労働者の利益になるという事実は全くない。労働者が有期契約を望む場合があるというのは、上記のような俗論が流布されたことにより労働者が誤解している場合以外にはあり得ない。
     なお、『報告』は、労働契約締結の際に示す労働条件の中で、使用者が有期契約であることの明示を怠れば、無期化すべきだと言い、その具体策として、無期契約との推定、使用者への無期契約の申込み義務などの選択肢を挙げている。だが、現行の派遣法40条の4でも採用されている申込み義務構成は、申込みをしない使用者が責任を負わないために実効性がなく問題となっている。条件明示を怠った場合は、無期契約と看做される、と明記すべきである。

第3 労働契約においては無期労働契約が原則とされるべきである

 『報告』は、従来、「いかなる事由・目的のために有期労働契約を締結するかは当事者の自由に委ねており、それを前提に、労働慣行としても、有期労働契約が雇用の中心たる長期雇用を補完」してきた、という。
 しかし、有期契約には雇用期間中の雇用保障機能しかなく、本質的にその雇用は不安定にならざるを得ない。実態調査によっても、半数以上の労働者が安定した雇用を望んでいるにもかかわらず、実際には解雇や雇い止めの不安に怯えながら有期契約を反復更新しつつ勤務を続けている。
 そもそも、労働者は、雇用され続けなければ生活を維持することができない。また、労働を通じて、生き甲斐を得、社会に貢献し、自己の人格形成や発展を実現させるのであり、雇用の継続があってはじめて個人の尊厳が実現できるという側面もある。
 雇用の継続は労働者の生存権保障の要であり、自己実現にとっても重要な意義を有するものであり、無期労働契約の原則は憲法13条、25条からも要請されている。現状を踏まえて雇用の安定を図るためには、一時的・臨時的業務の必要による場合以外は無期労働契約によるべきという、常用雇用の原則の確立が必要である。


第4 有期労働契約規制はいわゆる入口規制を主として行われるべきものである

 『報告』は、有期契約は合理的理由がある場合にのみ認められるとする、有期契約の締結に係るルール(いわゆる入口規制)について極めて消極的な立場をとり、使用者の論理に「配慮」して、現状を追認している。

  1.  『報告』は、有期労働者の雇用の不安定さや待遇の低さを直視して労働者保護を論ずるのではなく、「労働市場における有期労働契約の機能」という観点を持ち込み、使用者側への「配慮」を前提として規制の方法を検討し、特に日本における入口規制の導入に関し消極的な姿勢を示している。

    (1) 『報告』は、一時的・臨時的な仕事に限らず、恒常的に存在する業務についても有期契約が利用されている事実は認めながら、「有期契約労働者を雇用できなくなると、事業が成り立たないとする事業所が過半数を超えている」と、企業側のニーズを強調して有期契約の締結を規制することに背を向ける姿勢を示している。
     しかし、『報告』は、実態調査のごく一部しか見ず、しかも調査結果の評価が適切ではない。使用者側に対する調査結果によっても、有期労働者の職務は正規労働者と同様である場合が最も多い。次に、使用者側が希望する雇用期間は「できる限り長く」が最も多く、実際の更新回数も多く、勤続年数も相当長期になっている。そして、有期雇用としている理由では「業務量の変動に対応する」と「人件費を低く抑えるため」の回答が上位で拮抗している。
     実態調査によると、有期契約労働者を雇用できないと業務量の増減に対応できないので「事業がなりたたない」とする回答が多い。しかし業務量の臨時的・一時的な増大が明らかな場合には、期間を限定した有期労働契約による対応があり得るし、それ以上に、将来の予測できない業務量の増減に対応するための有期雇用を認めては不安定雇用は改められない。「人件費コスト」を指摘する回答もあるが、不安定かつ低賃金のワーキングプアーの犠牲の上にしか成り立ちえない経済はそもそも異常である。人件費は使用者にとっては重要な問題であるが、労働者には生活がある。また、ワーキングプアーの有期契約労働者と過労死寸前の長時間労働の正規労働者ばかりになっては経済発展も望めない。企業が目先の利益にとらわれることなく、国民の安定的雇用が保障され、労働者が適正な賃金を受け取ることで内需が拡大し、それがひいては使用者の安定的発展の基盤になることを、労働政策の策定にあたって再確認する必要がある。
     なお、実態調査によれば、一般的に経営体力があるとされ、この間の不況の中でも利益の蓄積を強めてきた大企業ほど有期労働者を多く利用している。このような大企業については、経営が持続できないといった事情はそもそも存在しない。
     一方、中小企業は不況の中で下請け単価の切り下げ等の圧力によって苦境に立たされている場合が多いが、それを理由に労働者保護を犠牲にすることは許されない。中小企業が多数を占めるわが国では、労働者保護は中小企業の健全な発展にとっても不可欠であり、大企業による中小企業いじめを規制する施策も強化される必要がある。

  2.  『報告』は、いわゆる入口規制をした場合に予想される否定的事象を挙げて、規制に対する消極的姿勢を正当化している。
     まず、有期契約の締結が制限されれば「新規の雇用が抑制される」、「中小企業における人材確保が困難となる」、「企業の海外移転が加速する」等の影響があると述べる。しかし、企業に対してそれに関わる実態調査がされたわけではなく、根拠は全く示されていない。この議論は、人件費抑制という「有期労働契約のうま味」を前提とした企業の論理に無批判的に同調したもので、いかに労働者を保護するかという労働政策として最も大事な観点を欠落させている。なお、この議論を前提とすれば、更新や雇い止めに関するいわゆる出口規制についても否定的にならざるを得ず、際限なく規制が緩められる危険がある。
     また、『報告』は、入口規制は「請負や派遣といった他の雇用形態への需要を誘発し、必ずしも安定的な雇用への移行をもたらすとは言えない」とも述べる。請負や派遣が不安定な雇用であることを認めているわけだが、有期契約が「安定的な雇用への移行」につながるという根拠は全くない。不安定雇用は減らすべきだというのであれば、請負や派遣を規制することが求められるのであって、有期を規制すると請負などの需要が増すから、不安定な有期労働契約のままでやむを得ないというのは論理が一貫しない。
     『報告』が挙げる懸念には根拠がなく、仮に具体的問題がある場合にはその対処こそ求められるのであって、懸念があるから入口規制は無理との姿勢は改められるべきである。
  3.  『報告』は、いわゆる入口規制を導入することなく、利用可能期間や更新回数の制限といういわゆる出口規制のみを導入することに積極的な評価を与えている。しかし、報告書にも記載されているとおり、出口規制のみでは、規制の上限に達する前の雇止め等を誘発するため雇用保障の実効性に欠けるというべきで、入口規制の導入こそ無期雇用原則を確立し、不安定雇用を解消するために必要である。
  4.  以上から、入口規制を導入して、正当な事由がない状態で有期契約を締結した場合には無期契約を締結したものとみなされるようにし、「雇止め」は「解雇」と同義として客観的合理的な理由がなければ雇用を終了させることができないことを明記すべきである。


第5 有期労働契約に限らず均等待遇規制を労働契約の一般原則にすべきである

  1.  『報告』は、「公正な待遇」の実現を望むとしながら、有期契約であることを理由とした差別を禁止する方策については、日本では一般に「職務ごとに賃金が決定される職務給体系とはなっておらず、職務遂行能力という要素を中核に据え、職務のほか人材活用の仕組みや運用などを含めて待遇が決定され、正社員は長期間を見据えて賃金決定システムが設計されていることから、何をもって正社員と比較するのか、また、何が合理的理由がない不利益取扱いに当たるかの判断を行うことが難し」いとして、これに消極的な論評をし、「均衡」概念をとるパートタイム労働法の枠組みに倣おうとする。
     しかし、「均衡」は「均等」待遇と比べ厳格に平等を問うことまで含意されていない、あいまいな概念であり、パートタイム労働法は実効ある規制となっていない。「均衡処遇」というあいまいで実効性の薄い概念に逃げ込むのではなく、「均等待遇」原則を確認し、その実現に至る具体的道筋を明らかにすべきである。
  2.  憲法14条1項は、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない権利を保障している。ところが現在、正規・非正規、有期・無期の雇用形態の違いは、一種の「社会的身分」といえるまでに固定化され、身分化されている。
     差別禁止は、労使の関係においては均等待遇の原則を要請しており、国際的には基本原則として確立している。EUでは、1997年のパートタイム指令、1999年の有期労働指令、2008年の労働者派遣指令によって、正規労働者と非正規労働者との間の均等待遇が要請され、また、2008年5月に発効した国連の障害者権利条約は、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有することを確認し、締結国に対し、権利実現のための適切な措置(立法を含む)を求めている。世界の潮流は、雇用におけるあらゆる平等を実現しようとする方向にある。
     ILO100号条約は、同一職務に従事していれば、同一の処遇とすべきであるとの原則を規定した。日本もこれに批准している以上、この原則を具体化すべき国内法の整備を行わなければならない。
     労働契約に期間の定めがあるか否かによって賃金格差を設け、勤続年数が長くなるほど差が拡大する実情にある。有期契約を理由とする差別を禁ずる均等待遇の原則を確認するとともに、これを実効性のある規制とするために、具体的な類型に応じた必要な規制が設けられるべきである。
                                       以上

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