2026年2月21日
民主法律協会 会長 豊川 義明
2026年2月20日、高市首相は、特別国会の施政方針演説において、働き方改革の「見直し」を掲げ、裁量労働制の対象拡大を念頭においた検討を表明した。しかし、当協会は、裁量労働制の対象拡大を認めることはできない。
当協会は、これまでも裁量労働制の対象拡大に反対し、2022年12月6日付「裁量労働制の適用対象拡大の動きに反対する緊急声明」、2023年2月6日付の「裁量労働制の適用対象拡大の動きに反対する緊急声明」においても裁量労働制の問題を強調してきた。また、高市首相の「馬車馬のように働いていただきます」「ワークライフバランスという言葉を捨てます」とのワークライフバランスを軽視する発言に対しては、2025年10月14日付「ワークライフバランスの実現を推進する政治を求める談話」、2026年2月14日付「労働時間規制緩和の方針に断固反対する決議」において、批判をしたところである。
裁量労働制は、実労働時間にかかわらず一定時間働いたとみなす制度であり、実労働時間を規制して労働者の健康・生活時間の確保を図る労働基準法の大原則に対する「例外」の制度である。業務遂行について裁量がある労働者を対象とする制度であるが、業務量に関する裁量は前提としていない。仕事が終われば次の仕事を割り振られることになる。また、納期についても裁量がなく、時間配分に関する裁量も実質的にない。このように、裁量労働制は、長時間労働を助長する構造的な問題を抱えている。
2021年6月公表の「裁量労働制実態調査」においても、裁量労働制適用労働者の1日平均労働時間は9時間であり、非適用者の8時間39分より長く、週60時間以上の長時間労働を行う割合も高いことが明らかになっている。また、裁量労働制が適用されている労働者のうち、深夜労働が「よくある」労働者が9.4%も存在した。
厚生労働省が公表している「過労死等の労災補償状況」によれば、裁量労働制対象者に関するデータが取りまとめられるようになった平成23年度以降、裁量労働制対象者に関する脳・心臓疾患の労災支給決定が毎年出ている状況である。実態よりも短い「みなし労働時間」が設定され、多くの労働者が残業代を支払われないまま長時間労働を強いられる「定額働かせ放題」の実態がここにも如実に表れている。
高市首相は、施政方針演説で「働き方改革の総点検においてお聞きした労働者の方々のお声を踏まえ」と、「労働者のニーズ」を枕詞にしている。このようなニーズの存在自体に疑問があるが、柔軟な働き方へのニーズについては、始業・終業時刻を労働者自身が決定する「フレックスタイム制」を活用すれば、残業代(割増賃金)を受け取る権利を放棄することなく実現可能である。労働者が求めているのは、不払い残業の合法化ではなく、適正な労働時間管理と健康の確保である。裁量労働制を導入したとしても、労働時間の把握・管理を通じて長時間労働を抑止することは可能であり、抑止しなければならない。
裁量労働制については、本人同意や撤回手続の義務化などを含む改正が2024年4月に施行されたばかりである。労働政策審議会等の場において、労働者側委員からは、施行直後の制度の定着や適正運用の徹底こそが優先されるべきであり、安易な要件緩和や対象業務の拡大を行うべきではないとの意見が強く出されている。労働法制の改正については、公労使三者構成原則に従い、公労使三者で構成する労働政策審議会において審議した結果を十分に踏まえることが重要である。労働政策審議会での十分な審議を経る前に首相が見直しを表明することは、この原則を無視するものにほかならない。
現在でも、本来対象とならない業務(システム開発の下請け業務や、単なるスタッフ管理職など)に裁量労働制が違法に適用される「濫用」事例が後を絶たない。過去の議論では、営業職(課題解決型提案営業)や管理業務(裁量的にPDCAを回す業務)への対象拡大が画策されたが、長時間労働への懸念から断念された経緯がある。今回の見直し表明が、こうした業務への拡大を再び狙うものであるならば、それは労働者の健康確保という働き方改革の本旨に逆行するものである。
今求められているのは、労働者の賃金を上げ、違法な賃金未払いに歯止めをかけ、労働者が豊かに働くことができる環境を作ることである。しかし、こうした労働者のニーズに背を向けるように、厚労大臣に対する労働時間規制の緩和の検討指示や、裁量労働制の見直し表明など、労働者の命や暮らしをないがしろにするような方針が相次いでいる。
当協会は、高市首相による厚労大臣に対する労働時間規制の緩和の検討指示や、裁量労働制の見直し表明など、労働者の命や暮らしをないがしろにするような方針を容認することはできない。
当協会は、労働者の命と暮らしを守るため、裁量労働制の見直しの表明を直ちに撤回し、適正な労働時間管理と健康確保措置の徹底を行うよう改めて強く求める。



