民主法律時報

当事者の意思に反して口外禁止を命じた労働審判 ―高石市社会福祉協議会に対する残業代請求等―

 弁護士 西 川 大 史

1 はじめに
大阪地裁(審判官:蒲田祐一裁判官)は、2023年11月29日、高石市社会福祉協議会に対する残業代請求等の労働審判において、申立人の意思に反して、口外禁止を命じる審判を出した。

2 事案の概要
本件は民法協のWeb相談を通じて受任した事件である。申立人は、高石社協において障がい福祉計画相談支援業務などに従事し、2022年4月からは定年後の再雇用として勤務を続けてきた。高石社協では始業時刻前に朝礼等を実施していたが、労働時間として扱われていなかった。終業時刻後の残業についても、30分単位での切り捨てがなされていたものと思われる。また、高石社協は、申立人との未払残業代についての交渉中、期間満了を理由として、2023年3月をもって雇止めする旨を通知した。
申立人は、早期円満解決を図るべく、2023年8月7日、大阪地裁に労働審判を申し立てた(労働審判規則は、労働審判手続の申立てから 40日以内に第1回労働審判期日を指定しなければならないとするが、本件の第1回労働審判期日は同年10月17日であり、申立てから40日を大幅に超過していた。)。

3 口外禁止を命じた労働審判
審判委員会からは、高石社協が申立人に対して解決金を支払うとの調停案の提案があり、申立人は受け入れる意向を示した。高石社協も調停案を受け入れたが、口外禁止条項を要望した。申立人が口外禁止条項には応じられないと拒否したところ、調停での解決が困難となり、審判委員会は、主文において、「申立人と相手方は、本件に至る経緯及び本件手続の内容(本審判主文を含む、ただし、本件手続が審判により終了したことは除く。)を正当な理由なく第三者に口外しないことを相互に約束する。」として、口外禁止条項を含む労働審判を行った。

4 口外禁止を拒んだ理由
高石社協では、申立人以外の従業員に対しても残業代が未払となっている可能性が高かった。申立人は、高石社協において残業代未払という違法行為が是正されることを強く願っており、口外禁止条項が付されたのでは高石社協が違法行為を是正しないと考えた。
また、申立人は、本申立てにあたって支援を受けた同僚らに報告や御礼を述べたいとも考えていた。口外禁止に応じられないとの申立人の心情はごく自然なものである。

5 口外禁止の問題点
口外禁止を命じた労働審判に関して、長崎地裁令2・12・1判決は、口外禁止条項を拒絶した労働者が口外禁止条項に基づく義務を負い続けることは、過大な負担を強いるものであり受容可能性はなく相当性を欠くとして労働審判法20条に反すると判示した。同判決以降、全国的に労働審判で口外禁止を命じないという運用が暗黙のルールとしてなされていたのではないだろうか。また、当事者が口外禁止を強く拒めば、審判委員会が強引に口外禁止条項を付けようとすることもなかったと思われる。そのため、本件審判には驚倒した。
当事者の意思に反して口外禁止義務を負わせる法的根拠はない。本件申立ての対象は残業代請求や雇止め無効であり、口外禁止は申立ての対象である権利関係に関する実体法上のルールとはまったくの無関係で合理的関連性もない。口外禁止条項は裁判所による「口封じ」でしかなく、表現の自由を侵害する。
口外禁止条項が付されたのでは、使用者による違法行為是正の可能性は低く、違法行為を助長させることになりかねない。本件では、あたかも口外禁止が当然であるかのように、審判委員会から申立人への説得が続き、審判官からは「他の労働者のことまであなたが考える必要はない」との発言までなされた。口外禁止に関する審判官の誤解は甚だしく、口外禁止を阻止しようともしなかった労働側の審判員の対応にも疑問が残る。

6 今後の課題
申立人は、口外禁止に納得することができず、異議申立てをした。
毎日新聞(鈴木拓也記者)が、2023年12月に、「大阪地裁が異例の「口止め」命じる 残業代未払い巡る労働審判」との見出しで、本件の不当性について大きく報じたことが契機となり、本件審判の不当性が全国に広がった。
口外禁止条項が蔓延した原因の一つとして、私たち労働者側の代理人が使用者側の要求に安易に応じてきたことも否めない。労働弁護士として抵抗を続けていきたい。

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