民主法律時報

育児休業取得による昇給抑制を 違法と判断 ―― 近畿大学事件 ――

弁護士 吉岡 孝太郎

1 はじめに

本件は、育児休業を取得したことにより定期昇給が認められなかった近畿大学の男性講師が、このような対応は育児介護休業法第10条が禁止する「不利益な取り扱い」に該当し、違法無効であるとして、近畿大学に対して、差額賃金相当額等の支払いを求めた訴訟です。

平成31年4月24日、大阪地方裁判所(内藤裕之裁判長)は、近畿大学に対して、約50万円の賠償を命じる判決を言い渡しました。

2 事案の概要

原告は、平成24年4月より近畿大学の専任講師として着任しました。平成27年9月に第四子が生まれ、平成27年11月より平成28年7月までの間、育児休業を取得しました。当時の学内規程では、育児休業の期間は昇給のための必要な期間(12ヶ月)に参入されなかったことから、平成28年8月より職場復帰した原告の定期昇給(平成28年度)は認められませんでした。

近畿大学では、減年調整(勤続5 、10、15年時に初任給決定時に反映されなかった経歴に一定の数を乗じて、基本給の昇給を認めるもの)という制度があり、育児休業を取得しなければ、原告は平成29年4月に減年調整されることになっていました。しかし、育児休業を取得したことから、原告は平成 年4月に減年調整を実施されることなく、既に授業を終えて賃金として支給されていた増担手当等の返還等を求められました。

3 大阪地裁判決の内容及び意義

大阪地裁判決は、定期昇給の抑制の点について、第一に、昇給基準日前の1年間のうち一部でも育児休業を取得した職員に対して、残りの期間の就労状況如何にかかわらず当該年度に係る昇給の機会を一切与えないというのは、年功賃金的考え方を採用している定期昇給の趣旨と整合せず、第二に、定期昇給の抑制による不利益は、将来的にも昇給の遅れとして継続し、その程度が増大する性質を有すると認定しました。その上で、大阪地裁判決は、当時の学内規程をそのまま適用して定期昇給の抑制をすることは、休業期間に不就労であったことによる効果以上の不利益を与えるものであり、育児介護休業法第10条が禁止する「不利益な取扱い」に該当すると判断し、近畿大学が違法な対応をしたことについて少なくとも過失があるとし、原告に対する不法行為責任を免れないとしました。

労働力人口が減少し、労働力不足が深刻化する中で、子どもを産み育てる環境整備は国策として必須になってきています。しかし、判決が指摘するように、近畿大学の賃金制度によると、いったん昇給が遅れるとその後の昇給も遅れ続けることになり、減収の不利益は単年度にとどまらず、蓄積、増大します。また、基本給は、手当、賞与、退職金、退職後の年金の算定の基礎になりますので、本件で基本給の昇給が抑制されることによる経済的不利益は極めて大きいものがあります。家族が増えて経済的負担が増すにもかかわらず、育児休業を取得して上記のような経済的不利益を一生受け続けることを受忍せよと言うのであれば、男性が育児休業を取得することに躊躇するのは当然であり、これでは育児介護休業法の目的が達成できません。また、子どもを産み、子どもを育てるために現実的に育休を取らなければならない女性に対しては、子どもを持てば持つほど、男女の経済格差を助長することにもなりかねません。

その意味において、大阪地裁判決が本件の定期昇給の抑制を育児介護休業法第10条が禁止する「不利益な取扱い」に該当して違法であると判断したことは、育児休業を取得したことによる不合理な経済的不利益を否定して、原告の救済を図った点で大きな意義があり、更には、近畿大学と同様の昇給規程を設けている企業等にも見直しの契機を与えるものであり、この点からも大変大きな意義があると考えます。

4 本判決の問題点と今後の対応

他方で、大阪地裁判決には問題もあります。

育児休業を取得したことにより減年調整の実施時期が遅れた点について、大阪地裁判決は、減年調整の制度自体が労働契約の内容になっていないという理由で権利性自体を認めず、裁量権の逸脱又は濫用も認めませんでした。また、育児休業を取得したことにより既に支払いを受けていた増担手当の返還等を求められた点についても、大阪地裁判決は、増担手当の返還要求自体が育児介護休業法第10条が禁止する「不利益な取扱い」に該当すると判断しながら、現実に原告が増担手当の返還をしていないという理由で、慰謝料請求を認めませんでした。

前者の問題は、基本給の昇給に関わる問題です。そのため、定期昇給の場合と同様に、昇給が抑制されることによる経済的不利益は大きいものがあり、容認できるものではありません。また、後者の問題は、賃金の定期払いの原則に反しており、全く不当な対応というほかありません。原告は、育児休業を取得することにより無給となったにもかかわらず、逆に近畿大学より法に反する賃金の返還請求をされ、どれだけ生活不安に襲われたかを大阪地裁判決は理解していません。

控訴審ではこれらの判示部分を徹底的に批判し、是正させる必要があると考えます。

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