民主法律時報

吹田市非常勤裁判―実態に目を背けた不当判決

弁護士 谷  真介

1 公務非正規雇い止め問題と吹田市非常勤裁判

2016年10月12日、大阪地裁(内藤裕之裁判長)は、吹田市の非常勤職員2名(総合福祉会館において高齢者や障害者のデイサービス事業の生活指導員として 25年、22年勤務)の雇い止め裁判において、地位確認はおろか、期待権侵害の損害賠償請求さえ認めない原告ら全面敗訴の判決を下した。

吹田市は「福祉の吹田」とも呼ばれ、昭和62年に福祉拠点となる総合福祉会館を設立、その中で全国でも珍しい高齢者・障害者に対するデイサービス事業を開始した。原告らは立ち上げ時期に非常勤職員として採用され、正規職員とともに同事業の運営の中心を担ってきた。まさに福祉職場の最前線で奮闘してきた存在であった。

しかし、2011年に大阪維新の会の井上哲也前市長が就任すると、「福祉の吹田」を解体する公共サービス切り下げの民間委託が数々強行され、原告らが従事していた総合福祉会館の障害者デイサービス事業も2012年10月をもって民間委託をすることが決定された。吹田市は同事業に従事していた正規職員については配置転換をしたが、非常勤職員であった原告らについては同年9月末をもって雇い止めしたのである。

吹田市では、これまで吹田市職労が何度となく非常勤職員の雇い止めをしないことを市との間で確認し、実際にたとえ職場がなくなる場合であっても配置転換をすることで意に反する雇い止めを許してこなかったが、維新の市長はその経緯を顧みることなく25年22年という長期に働き吹田市や住民に貢献してきた原告らのクビ切りを断行した。

2 審理経過 ―― 後藤新市長との和解協議と議会での和解案の否決

原告らは2013年3月に提訴、大阪地裁で3年余にわたって審理が行われた。その間の2015年4月には「維新市政からの転換」を掲げた後藤市長が前市長を破って当選したこともあり、2016年2月の証人尋問後、吹田市職労と市長をトップとして市との折衝の結果、いったんは市との間では和解の合意が成立した。しかしながら、市長がその和解議案を提案したところ、維新の会だけでなく、与党であるはずの自民党までこれに反対し、否決されてしまったのである。原告らとしてもやむをえず、判決を迎えることとなった。

その中で不可解であったのは、和解における裁判所の対応である。「行政訴訟だから」と述べて和解にリーダーシップをとることに消極的な態度に終始した(他の事案との比較からしても顕著であった)。この種の事案について裁判所として結論を決めており、そこから一歩も動かさない決意のようにも感じた。

3 大阪地裁判決の内容とその不当性

2012年10月12日の大阪地裁判決の結論は前記1で述べた結論の不当判決であった。3年余も審理しながら理由はわずか10頁と中身もペラペラで、みるべき判示は何もない。結局は、非常勤職員が正規職員と同じ業務で何年就労を継続しても、いくら組合が市との間で雇い止めはしないと約束を得ていても、非常勤職員は民間の労働契約とは異なり「任用」である以上、地位確認も期待権侵害の損害賠償も認めない、という形式判断のみであった。地公法の身分保障が十分適用されず、民間の労働契約も適用されないため全く自由にクビを切れる存在、それが非正規公務員だという判決である。非常勤職員も通常の労働者と同様に働いている実態に全く目を向けないものであり、それであれば(行政機関のほかに)裁判所という司法機関が存在する意味はない。

非常勤職員の雇い止め裁判は、一時期、中野区事件(2009年・東京高裁判決)や武蔵野市事件(2011年・東京地裁判決)において損害賠償請求が認容されてきたが、その後は全国でも、大阪で取り組んでいるもう一つの事件(守口市事件)を含め、全敗である。前述の本件の和解の際の裁判所の態度も含め、全国的にも裁判所での意思統一がなされているのではないかと訝しく思わざるをえない事態である。

2012年の総務省調査でも60万人以上の非正規公務員(臨時・非常勤職員等)が地方自治体に勤務していると報告されており、いまや3人に1人が非正規公務員である。賃金は正規職員の2分の1から3分の1で、その上、雇い止めは「自由」で、裁判所で争っても全く無視される。これほどにブラックな「非正規公務員」の実態が世間ではまだまだ明らかにされていない。

原告2名は最後まで闘う決意で大阪高裁に控訴した。官製ワーキングプア、非正規公務員の問題について実態を広め世論の声を高めるとともに、裁判所の固い扉を切り拓く闘いにしたい。

(弁護団は、豊川義明、城塚健之、河村学、中西基、楠晋一と谷真介)

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