民主法律時報

大阪市思想調査アンケート、控訴審でも違法断罪

弁護士 長岡 満寿恵

 2016年3月25日、大阪高裁第2民事部(田中敦裁判長、善元貞彦裁判官、竹添明夫裁判官)は、2012年2月に当時の橋下大阪市長が全大阪市職員に実施した「アンケート」について、大阪地裁判決(2015年3月30日)に引き続いてその違法性を断罪し、原告職員に対し、1人あたり5000円の損害賠償を命じた。

 上記思想調査アンケートは、職員1人1人に対し、その所属と氏名を明らかにさせた上で、労働組合活動について組合加入の有無・組合活動に誘われた経験の有無・誘った人の氏名・誘われた場所・誘われた時間帯、誘われた活動内容、労働組合にはどのような力があると考えるか、組合加入・不加入の不利益の有無、この2年間での街頭演説を聴いたりすることも含めた特定の政治家を応援する活動の有無・誘われたことの有無・誘った人の氏名・誘われた活動の内容・誘われた時間帯や場所、職場の関係者から特定の政治家に投票するよう要請されたことの有無、要請した人の氏名・時間帯や場所、紹介カードの配布や受領の有無・カードへの記入や返却の有無・カードの配布者やその場所・時間帯等、組合幹部の優遇の有無、職場で選挙が話題になったことがあるか、時間外組合活動は許されると思うか等々、個々人の労働組合活動や政治活動、選挙との関わりについて極めて詳細に回答させるものであった。そしてこの調査は、橋下市長の直筆署名で「市長の業務命令として、全職員に、真実を正確に回答していただくことを求めます」と記載されて実施された。

上記アンケートは、任意のものではなく職務命令として全職員に対して行われたものであり、職員の思想良心の自由、労働基本権、政治活動の自由、プライバシー権を侵害し、関電最高裁判決のいう「職場における自由な人間関係を形成する権利」を侵害する、違憲・違法なものであった。

当時「飛ぶ鳥を落とす勢い」であった橋下市長に対し、異を唱え、訴訟を提訴することは、原告らにとって非常に勇気の必要なたたかいだったと思う。いち早く発表された大阪弁護士会や日弁連の会長声明や、民法協を含む各法律団体の声明は原告らの確信となり、この訴訟やその後の大阪市問題への取り組みの支えとなった。

 大阪地裁5部(中垣内健治裁判長)は、原告らの労働基本権及びプライバシー侵害の違法を認め、大阪市に対し、原告らに1人あたり6000円の賠償を命じた(2015年3月30日)。

本件大阪高裁判決は、労働組合活動への参加や勧誘についての質問(Q6)及び組合加入の有無やその理由の質問(Q16)が原告らの労働基本権を侵害すること、特定政治家の応援活動への参加や勧誘への質問(Q7)及び紹介カードの配布や記入等に関する質問(Q9)が原告らのプライバシー権を侵害することを認め、原判決を維持したものの、賠償額を5000円に減額した。原告らが一審から強く主張してきた思想良心の自由の侵害が認められなかったことは、原審判決も含めて極めて遺憾である。

地裁判決は、組合費の使途を知っているか否かの質問(Q21)について「職員に対し、労働組合による組合費の使途に不明朗な点があるのではないかとの印象を与え、組合活動への参加を萎縮させかねない」「労働組合の自治に委ねるべき事項について強制的に回答を求め」「不明朗な点があるかのような印象を与えることは職員に動揺を与え同組合を弱体化させるもの」として労働基本権の侵害を認めた。しかし本件高裁判決は、この地裁判示を覆し、「組合費使途に関する問題は既に相当程度職員の間において問題意識が形成されつつあったとも推認することができたのであるから、この問題は、組合費の使途を含め、控訴人とまったく無関係ともいえない」「組合員及び組合の自治によって解消されるべき問題であり・・・控訴人が労働組合に対し何らの干渉もすることができないことは明らか」「調査活動の必要性は否定されるものではない」として、違法性を否定した。

本件高裁判決の問題点は、(1)上記のような非論理性(なぜ労働組合の組合費の使途が使用者と「まったく無関係ともいえない」のか不明)や、(2)組合自治に介入し組合員を動揺させ参加を萎縮させる行為であっても「自治によって解消すべき行為」として使用者の行為の違法性を否定し、労働基本権の侵害行為を「労働組合の結成や運営に対する介入や妨害」・干渉の結果が現実に生じているような場合に極めて狭く限定していることである。

更に高裁判決は、(3)「過去の労使問題」の項目を設けて大阪市の主張を引用して地裁判決を訂正し、「本件調査チームによる調査活動の必要性は否定されるものではない」と判示した。上記組合費に関する質問の違法性否定と慰謝料の減額は、調査の必要性についてのとらえ方に根本的に問題があるためとも言えよう。

本判決(大阪高裁第2民事部)は、自治労の先行訴訟における大阪高裁第5民事部が、本件調査について地裁判決に加えて、上記Q7(街頭演説を聴くなど政治活動についての質問)について「とりわけ市長の方針と相反する政治行為をすることにつき、強い萎縮効果を与えるもの」「街頭演説を聴きに行くのを誘う程度の勧誘であってもこれを萎縮させてしまう効果がある」「本来自由になしえる程度の活動をも対象とした」として政治活動の自由侵害を認め、慰謝料を増額したことと比較しても、拙劣な判決であると言わざるを得ない。

特に本判決は、上記大阪市の主張を引用する中で、大阪市が自治労事件における「被控訴人らと立場を異にする少数組合である市労組からかつて訴訟提訴された」との記載を本件で記載するという誤記をなしたのをそのまま「コピペ」したのか、上記記載のとおり原告らが市労組と「立場を異にする」とそのまま判決文に記載するなど、手抜き・ずさんさが目に余る。

 近時の大阪高裁における労働者等の逆転敗訴判決の連続状況に鑑みれば、このような判決であっても勝訴したことは運動の成果であると言えるし、本判決によって、大阪市は、全職員3万人余に対し慰謝料を払う義務を負っていることになる。橋下市長退任に至る激動の4年弱の反撃は、この訴訟から始まったと言っても過言ではない。皆さんのご支援に改めて感謝します。
なお、近時の高裁判決の傾向については、関連事件の担当者による詳細な分析検討が必要であると考えている。

(弁護団 井関和彦(団長)・西晃(事務局長)・杉島幸生・河村学・高橋徹・増田尚・大前治・遠地靖志・楠晋一・中村里香・宮本亜紀・長岡)

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