最高裁よ、今こそ自らのあやまりの歴史を正す勇気をもて――レパ裁判 上告審のたたかいにあたって 〈新年の所感〉

2013年01月15日

 弁護士 橋 本   敦

 レッド・パージ――それは言うまでもなく、思想・良心の自由を侵害する許されざる人権侵害である。
 わが憲法第19条が宣言する「思想及び良心の自由」は、国民がひとしく保有する基本的人権の中核をなすものである。
 新しい年を迎えて今、私はこの国民の基本的権利をまもりぬく決意を新たにする。
 かつて西ドイツのハイデッカー大統領が「過去の歴史を正しく見ない者は、未来にも盲目となる。」と有名な演説をした。そのドイツでは2009年に、ヒットラー時代のナチスによる不法な弾圧と人権侵害によって国民が蒙った損害に対し名誉回復と損害保障のために「包括的名誉回復法」を制定する立法措置がとられた。また、スペインでは2007年に「歴史の記憶に関する法律」が制定され、フランコ政権下の人民弾圧に対して権利回復措置がとられた。
 しかるにわが日本ではどうか。思想・言論・結社の自由という不可侵の基本的人権に対する不法な侵害であるレッド・パージ、それはまさにまぎれもない日本の戦後史の重大な汚点であるのに、その犠牲に対してはこれをただす法的措置は一切とられていない。
 諸外国ですすめられた歴史のあやまちをただす正義の措置が何故日本では無視され続けるのか。
 私は今、新しい年を迎えるにあたって、とくに最高裁判所に対して最高裁は自らの過去のあやまちの歴史をただす勇気をもてときびしく問いたい。
 神戸中央電報局で「共産主義者又はその同調者」であるとして免職処分を受けた大橋豊ら、もはや90才をこえるレッド・パージ犠牲者3名が「生きているうちに名誉回復を」と願って神戸地裁に提訴したレッド・パージ裁判が第一審、第二審の不当判決を経て、その上告審裁判がいよいよ今年最高裁判所で審理される重大な年を迎えた。
 そこで私はもう一度声を大にして言いたい。
 「最高裁よ、今こそ、自らのあやまちの歴史を正す正義と勇気をもて」と。
 何故か。実は、憲法と法の正義、国民の基本的人権をまもるべき最高裁もまた、驚くべきことにレッド・パージの下手人だったからである。
 それは、元東京地方裁判所の職員であった加藤栄一氏が、本人の受けた免職処分はレッド・パージであり許されないものであると日弁連に対して人権救済の申立をした事件に対し、日弁連は慎重な審査の結果、2010年8月21日、これをレッド・パージであると認めて、最高裁判所に対して次のように述べて人権救済勧告を出したことで明白である。
 「最高裁判所には法の支配の担い手として政治部門の権力濫用を防止し、国民の人権を保障することこそが期待されるのに、申立人の思想・信条の自由を侵害したことはその職責に照らし、責任は極めて重い。」
 これはまことに正当かつ重大な日弁連の指摘である。 
 このように、法の正義と人権をまもるべき最高裁までもが時の政府によるレッド・パージの共犯者だったことが証明されたのである。
 このレッド・パージの下手人であった最高裁判所に対して、今年われわれはいよいよ神戸の3名のレパ裁判の上告審のたたかいを開始するのである。
 こうして今、最高裁判所での公正な正義の審判を求めるために、私たちは声を大にして言いたいのである。
 「最高裁判所よ、法の正義と憲法を踏みにじって政治権力に屈従迎合し、自らもレッド・パージを行った過去の重大なあやまちの歴史をただす勇気をもて」と。
 そのために当然必要なことは、これまでに全国で数百件もあったとみられるレッド・パージ裁判をすべて敗訴させた元凶である不当な二つの最高裁の決定のあやまりを今こそ最高裁が自ら正すことではないか。
 その二つのレッド・パージ事件の決定とは、最高裁判所の1952年4月2日の共同通信事件と1960年4月18日の中外製薬事件の二つの大法廷決定である。
 この最高裁決定が、労働者の憲法をまもり正義を実現する不屈のレッド・パージ反対のたたかいに、いかに不当な結果をもたらしたかという事実は、北海道教育大学の明神勲教授が本件の神戸地裁に提出した「意見書」で次のように述べられているとおりである。
 『公共的報道機関のレッド・パージについては、既に占領下に、共同通信社事件に対する最高裁決定(1952年4月2日)が、マッカーサー書簡の効力は公的報道機関にも及ぶと判示したことによって判例として確立していた感があった。残る問題は「その他の重要産業」に対する効力についてであったが、独立後にはこれを否定して国内法を適用し、レッド・パージ無効判決をくだす下級裁判例が増加する傾向が強まった。しかし、マッカーサー書簡の効力は、「その他の重要産業」にも及ぶと判示した中外製薬事件に対する1960年の最高裁決定を契機に、これを踏襲する下級審判例が続出し、有効説が圧倒的多数となり判例の傾向は完全に逆転した。
 最高裁は二度にわたる決定によって数万人のレッド・パージ被追放者たちの法的救済を完全に断ち切り「職場からの追放」を合理化し、さらに彼らを「法の保護」という世界からも追放したのである。』
 また、本多淳亮大阪市大教授も「思想・信条の自由」と題する論文で次のようにきびしく批判されている。
 『思想・信条の自由は現代社会における人間存在の基底を形作るものである。重要な人権主体として人間の尊厳が保障されるためには、何をさておいてもまず確保されねばならない根源的な自由という性格を持つものである。思想・信条の自由の欠けているところでは必ず人権が蹂躙されることは否定できない。最高裁判決を初め日本の裁判はどうであったか。いやしくも裁判所が事件を扱う限り、厳密かつ明確に法的根拠を示さなければレッド・パージを肯認できないはずである。にもかかわらず最高裁判決を初め、下級裁判所の多くの裁判例は、あいまいな法的根拠のもとに解雇有効の結論を下した。この態度は占領軍当局の巨大な魔手におびえて自ら司法権の不羈独立を放棄した、と言われても仕方あるまい。』(「季刊労働法」別冊1号、124頁、1977年)
 われわれはこれまでの審理でも、この最高裁決定はマッカーサーのレッド・パージ指示を超憲法的なものとしただけでなく、具体的事実の論証もなく、それがすべての重要産業に及ぶことは明白であると独断するもので、それは重大なあやまりであり、判例として先例的価値はなく、速やかに破棄されるべきであるときびしく主張してきた。しかし、本件の第一審判決も、さらに大阪高裁判決も最高裁の決定に追随してわれわれの主張をしりぞけた。それが今や、本件レパ裁判の上告によって、最高裁自らがこの不当な誤った決定を破棄・変更する絶好の機会がおとずれたのである。それがまさに本件のレッド・パージ上告審である。
 反共マッカーシズムの嵐が吹き荒れた国アメリカでも1958年6月18日に、「赤狩り」の思想差別は違憲であるとする連邦最高裁判所の判決が出され、『世界週報』は、「マッカーサーシズムも臨終へ・米最高裁判所は、三つの重要な判決を下し、一つの主義(反共主義)に『墓標』をたてた」と書いた。
 今や、日本の最高裁もレッド・パージについて自らのあやまちの歴史を正し、ゆるぎない正義の判断を示す時である。
 すべての裁判が全部敗訴とされたこれまでのレッド・パージ裁判の痛恨の歴史に、今こそ終止符を打って、歴史の正義とわが憲法が生きる画期的な判決が下されることを今年の年初にあたり、あらためて強く切望する。そして、すべてのレッド・パージ犠牲者の名誉回復と損害補償を勝ちとり、今こそ、日本の戦後史の一大汚点をただしぬぐい去るために、本件レパ裁判上告審のたたかいに対して、わが民主法律協会はじめ、広く全国の皆さんのあたたかい御支援を心からお願いする。