民主法律時報

三星化学工業事件判決 原告らの膀胱がん発症につき会社の責任を認め損害賠償を命じる

弁護士 中筋 利朗

 三星化学工業事件は、化学工場の製造工程において化学物質にばく露したことにより膀胱がんを発症した労働者の事件―職業がんの事件―です。

三星化学工業福井工場では、2014年以降、製造工程で作業する労働者に膀胱がんの発症が相次ぎ、原告ら4名も2015年から2016年に膀胱がんを発症しました。原告らの労災申請により調査が行われ、2016年、オルトトルイジンという化学物質のばく露により膀胱がんを発症したとして労災が認められました。

原告らは労働組合を結成し、会社と団体交渉を行いましたが、会社側が責任を認めないため、2018年2月28日、福井地裁に損害賠償を求め提訴しました。

この事件について、本年202年年5月11日、福井地方裁判所(裁判長武宮英子、裁判官松井雅典、裁判官浅井翼)は、原告らが膀胱がんを発症したことについて会社の責任を認め、損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡しました。

 本件では、原告らが、オルトトルイジンの曝露により膀胱がんを発症したことは争いがなく、会社の安全配慮義務違反が争点となりました。特に問題となったのは予見可能性です。

オルトトルイジンは昭和50年代から健康障害性が認識され、発がん性について2001年には国内の専門機関において「人間に対しておそらく発がん性がある物質」と位置付けられていましたが、発がん物質として法規制されるようになったのは2016年以降のことです。

会社は、抽象的な危惧では足りず具体的な予見可能性が必要である、本件の予見対象はオルトトルイジンの皮膚吸収による発がん可能性であり、2016年まで国や専門家も皮膚吸収による発がんは予見できていなかったなどと主張しましたが、本判決は、「生命・健康という被害法益の重大性に鑑み、化学物質による健康被害が発症し得る環境下において従業員を稼働させる使用者の予見可能性としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り」るとして、会社の主張を排斥しました。そのうえで、2001年までに会社が入手していたオルトトルイジンのSDS(安全データシート:化学物質を譲渡等する際に相手方に提供する文書で化学物質の性質や危険性・有害性などの情報が記載されている)に、経皮的ばく露による健康障害(高濃度ばく露の場合死亡の可能性もある)や発がん性の記載がされていたことなどから、会社は遅くとも2001年当時、経皮的ばく露により健康障害が生じることを認識し得たとして、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧(予見可能性)を有していたと認めました。

そして、会社は予見可能性があった以上、オルトトルイジンに経皮ばく露しないようにすべきであったのに、従業員が半袖Tシャツで作業していたり、オルトトルイジンが作業服や身体に付着した際に直ちに着替えたり洗い流すという運用が徹底されていなかったなどとして会社の安全配慮義務違反を認めました。

世の中で使われている化学物質は数多くあり、危険性がすべて知られているわけではありません。法規制されていなければ一切責任を負わない、ということでは労働者の安全は守れません。本判決は、法規制される前でも、企業が有するSDSの情報から発がんのリスクを知りえたとして企業の責任を認めており、今後の労働者の安全にとり大きな力になる判決といえます。

 本件では、損害についても争点となりました。詳細は省きますが、判決は、3名について275万円、1名について330万円の損害を認めました。がんの発症に対する慰謝料として十分に納得のいく金額ではなく、損害については今後の課題といえます。

 本件については、双方が控訴せず福井地裁の判決が確定しました。
裁判は終わりましたが、それで本件がすべて解決したわけではありません。
現在も三星化学で働いている者もおり、今後は組合が中心となり、原因究明、再発防止、再発した時の補償などを求め取り組んでいきます。

 (弁護団は、池田直樹、高橋徹、中筋利朗です)

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