弁護士 遠地 靖志
2021年5月17日、最高裁判所第一小法廷(深山卓也裁判長)は、建設アスベスト訴訟の東京1陣、神奈川1陣、大阪1陣、京都1陣の4訴訟について、国及び建材メーカーらの責任を認める判決を言い渡した。2008(平成20)年5月16日に東京1陣訴訟を提起してから13年、やっと最高裁判決を勝ち取った。
2 国の責任
最高裁判決では、国は1975(昭和50)年10月1日(改正特化則施行日)から2004(平成16)年9月30日(改正安衛令施行日前日)までの間、事業主に対し、屋内作業者が石綿粉じん作業に従事する際、防じんマスクを着用させる義務を罰則を持って課すとともに、これを実効性のあるものとするために、建材に適切な警告表示を義務づけるべきであったにもかかわらず、これを怠ったことは著しく不合理であり、国賠法1条1項の適用上違法であるとした。
また、労働者のみならず、屋内建設現場において、石綿粉じん作業に従事して石綿粉じんにばく露した者との関係においても国賠法1条1項の適用上違法になるとして、解体作業に従事する者を含む一人親方等に対する国の責任を認めた。
今回の最高裁判決は、建設アスベスト被害において、労働者のみならず一人親方に対する国の責任を認めたものであり、画期的な意義を有するものである。
3 建材メーカーの責任
また、建材メーカーの責任についても、建材メーカーの警告義務違反を認めるとともに、民法719条1項後段を類推適用し、共同不法行為責任を認めた。
メーカー責任の追及において、最大の課題が因果関係の立証であった。建築作業従事者は、何百という建築現場を渡り歩く。したがって、どの現場の、どのメーカーの石綿建材が原因で発症したのかを特定するのは事実上不可能であった。当初は因果関係が立証できていないとして敗訴が続いた。そうしたなかで、全国の弁護団は建材ごとのシェアや確率論を駆使し、被害者ごとに病気発症の主要な原因となった建材(主要原因建材)をできる限り特定して、各地の地裁、高裁で勝利判決を重ねてきた。今回の最高裁判決は、因果関係が立証困難な本件の特質を正確に捉え、原告らの主張立証方法を正面から受け止めたものであり、高く評価できる。
4 屋外作業や責任期間で線引きしたのは不当
一方で、最高裁判決は、屋外作業従事者が石綿含有建材の切断作業に従事するのは限られた時間であり、また、屋外作業では風等により自然に換気され、石綿粉じん濃度が薄められるなどして屋内作業より危険性は低かったから、国や建材メーカーが屋外作業従事者に対する危険性を認識することはできなかったとして、屋外作業従事者に対する責任を否定した。
しかし、屋根材、サイディング材などの屋外で使う石綿建材は石綿含有量が高い。また、屋外で使用する建材であっても、屋内や養生シートで囲われた中で切断作業を行うこともあり、その場合は屋内での作業と何ら変わりない。最高裁判決はかかる実態を無視するものであり不当である。
また、国の責任期間の始期を1975(昭和50)年10月1日としたことにより、それ以前に就労が終了していた被害者は救済の範囲外となった。責任期間で救済に線引きをしたことも極めて不当である。
5 基本合意の成立、すべての建設アスベスト被害者の救済へ
最高裁判決を受けて、5月18日、全国の弁護団・原告団は、建設アスベスト訴訟に関して、国と基本合意を締結した。
基本合意では、国は、被害者に謝罪し、係属中の訴訟については和解で解決するとともに、未提訴の被害者については、訴訟によらない制度による補償を図るとした。これに基づき、「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律案」が国会に提出され、6月9日、可決成立した。2022年4月施行される予定である。
国はすでに約1万人の対象者がいると推計しており、また、今後毎年600人程度ずつ、30年後までに3万人を超えると見込んでいる。最高裁判決を契機に、多くの未提訴者・将来の被害者救済のしくみができたことは大きな成果である。
一方で、最高裁判決では救済から外れた屋外作業従事者や責任期間外の被害者救済のしくみをつくるなど、まだまだ課題は残っている。また、建材メーカーは、裁判で認められた賠償金のみ支払うだけで、係属中の裁判での和解や被害救済制度の参加には背を向けるという許しがたい態度をとっている。建材メーカーは、危険であることを知りながら石綿建材を製造販売し、利益を上げ続けてきたのであり、国よりもその責任は重い。建材メーカーとの関係では、2陣訴訟はまだ続く。
みなさんのこれまでの大きな支援に感謝するとともに、全ての建設アスベスト被害者の救済のために、引き続き、ご支援をお願いしたい。