民主法律時報

アスベスト国賠訴訟における除斥期間起算点の秘密裏変更を断罪した大阪高裁判決

弁護士 谷 真介

1 事案の概要、経緯

(1)2014年10月の泉南アスベスト国賠訴訟最高裁判決で、国の石綿工場における規制権限不行使の責任が認められて以降、国は、同様の状況にあった方やその遺族が国賠訴訟を提起すれば和解により賠償金を支払う旨の方針を表明した。2017年には、国は過去の労災認定者等に対し、上記方針を知らせる通知を出した。これにより国の責任や救済について初めて知る被害者・遺族も多かった。本件被害者も同通知を受領した方である。
(2)泉南最高裁判決では、国の責任の内容や期間が判断されたにすぎず、基準慰謝料額や遅延損害金の起算日、除斥期間の起算点等の論点については、泉南2陣控訴審判決の基準に従うこととされた。同判決は除斥期間起算点について、先例とされた長崎じん肺(1994年)・筑豊じん肺(2004年)の各最高裁判決の判断を踏襲し、「最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患によって死亡した日」と判示していた。
そのため国は同様の石綿肺(じん肺)の被害者に対する除斥期間起算点について「最も重い行政上の決定をうけた時」と取扱い、和解での救済を図ってきた。
(3)本件被害者は、2020年5月、じん肺管理区分決定日から20年が到来する約3週間前に和解での救済を求め国賠訴訟を提起した。これまでの国の取扱いを前提にすれば当然、和解により救済されるはずであった。しかし、国は、突然、除斥期間の起算点を「最も重い行政上の決定を受けた時」から「同行政認定の前提となる病態発生日」(要するに発症日)に取扱いを変更したとして(本件被害者だと起算点が数か月前倒しとなる)、本件被害者の提訴時には除斥期間が経過していたため損害賠償請求権が消滅していると主張し、和解を拒否するに至った。同変更は被害者にも国民にも周知されず秘密裏に行われ、弁護団としても本件訴訟における国の主張やその後の情報公開請求によって初めて知ったため、まさに青天の霹靂であり、それからこの点を巡り長い闘いが始まった。
(4)なぜ国はこのような除斥期間起算点を前倒ししたのか。実は、2019年9月、石綿関連疾患の一つである肺がん被害者に関する遅延損害金の起算日について、行政認定日ではなく肺がんの確定診断日とする福岡高裁判決が言い渡されていた。国は同判決に上告せず、これを契機に、肺がんだけでなく石綿肺についても、また遅延損害金起算日だけでなく除斥期間の起算点についても、「最も重い行政上の決定を受けた時」から「病態発生日」に遡る取扱い変更をするに至った、というのであった。

2 地裁での不当判決と高裁での逆転勝訴判決

原告・弁護団は、現在の医学において今後どの程度進行するかわからない疾患であるというじん肺の特殊性から、長崎じん肺・筑豊じん肺最高裁判決が、じん肺に罹患した事実はその旨の行政上の決定がなければ通常認めがたいとした上で、法的明確性・客観性の観点から除斥期間の起算点を「最も重い行政上の認定を受けた時」と判断したと主張したが、本件における2023年12月20日の大阪地裁判決(達野ゆき裁判長)は、国の主張を丸呑みし、長崎じん肺・筑豊じん肺最高裁判決は、石綿肺の病態が客観的に確定できる場合は除斥期間起算点を病態発生時とすることも許容していると判断した。そして、除斥期間起算点に関する国の秘密裏の取扱い変更による除斥主張は信義則に違反する旨の原告主張については、除斥期間に関する過去の最高裁判決を引用し主張自体失当であるとし、除斥期間経過を理由に原告側の請求を棄却する極めて不当な判決を言い渡した。

これに対し、2025年4月17日の大阪高裁判決(三木素子裁判長)は、じん肺被害の特殊性、また長崎じん肺・筑豊じん肺最高裁判決に関する理解について原告側の主張を全面的に採用し、石綿肺被害に関する除斥期間起算点について「最も重い行政上の決定を受けた時」とする判断に戻し、地裁判決を取り消して原告の請求を全面的に認めた。本高裁判決は、国の秘密裏における被害者に不利益な取扱い変更を断罪したものとして、大きく報道された。

3 国の上告断念と取扱いの変更、今後の課題

国は上告を断念し、石綿肺に関しては、除斥期間の起算点(及び遅延損害金起算日)の取扱いを変更前に戻すと公表した。しかし国は、他の石綿関連疾患については取扱いを変更しないものとしている。この点、石綿関連疾患のうち、悪性腫瘍である中皮腫や肺がんによる死亡被害については、上記泉南2陣控訴審判決は、除斥期間起算点を「石綿関連疾患による死亡日」と判示し、これにおいて国も和解救済を図ってきたが、その後、これらの遅延損害金起算日を「生前の中皮腫・肺がん発症日」とした札幌高裁判決が出され、上告不受理で確定したことを受け、国は除斥・長期時効起算点も生前の中皮腫・肺がん発症日とする、本件と同様の取扱い変更をしている。これにより、国から長期時効の援用がされ争われている事案が全国で多数発生している。この点の克服が今後の最大の課題である。

そもそもアスベスト被害は容易に被害を認識すること自体困難であることに加え、被害について国に責任追及が可能などと被害者・遺族が認識することは極めて困難である。加害者である国による不当な時効・除斥の取扱いの変更による責任逃れを決して許してはならない。

(担当は大阪アスベスト弁護団より村松昭夫、鎌田幸夫、谷真介ほか)

 

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