弁護士 上 出 恭 子
◆ 事案の概要
政府系金融機関であった旧農林業業金融公庫に平成2年に入庫した被災者(昭和41年生)が、平成17年7月7日に自殺した事案の民事損害賠償事件について、平成25年3月6日大阪地裁第15民事部(稻葉重子裁判長)は、原告である被災者の妻・その両親に対し、総額約8900万円の損害賠償を認める判決を下した。
被災者は、平成13年7月から高松支店に勤務、それ以前から恒常的な長時間労働(月平均100時間を超える)に従事、平成17年4月に長崎支店に転勤をして、前記のとおり自殺に至る。なお、長崎支店では、残業規制がなされていたため時間外労働時間は大幅に減っている。
平成19年12月20日付で高松労働基準監督署長が業務上との判断をして労災認定の出ている事案であったが、被告は全面的に争った。
◆ 判決内容
1 精神障害の発症の有無・時期
生前の通院歴がなく、発症の時期について、被告・原告の間で争いがあったが、裁判所は労基署の判断とも異なる5月下旬ごろという独自の判断を示した。
2 業務と精神障害発症との相当因果関係
(1) 時間外労働時間については、以下のとおりの認定をした。
自殺前1か月 24時間10分
同2か月前 31時間35分
同3か月前 0分
同4か月前 64時間03分
同5か月前 99時間38分
同6か月前 37時間22分
同7か月前 49時間43分
同8か月前 109時間15分
(2) 業務による心理的負荷については、高松支店時代の長時間労働とそれによる疲労を解消しないまま転勤をして生活・勤務環境が変化したことや経験の無い金融庁検査による負担等を考慮して「被災者の従事していた業務自体は、他の職員と比較して特段過重なものではなかったとしても、業務の遅れがちであった被災者にとっては、特に、異動直前の業務が滞留して相当過重であったと認められるし、長崎支店に異動してからも、事実上自由に残業できなくなったことによって業務の遅れが顕在化し、うつ病発症後もそれに対する上司の注意や叱責が本件自殺前に何回かあったことが認められることは前記1(9)でのとおりである。これらは、平成17年5月下旬以降も業務による心理的負荷がさらに重なっていった出来事と評価できる。」と判断し被災者の従事した業務の過重性を総合的に丁寧に評価した。業務以外の心理的負荷及び個体側要因についての心理的負荷は特段見あたらないとして、うつ病発症と業務との相当因果関係を認めた。
3 安全配慮義務違反
(1) 電通判決の判示を引用した上で、「当該労働者の健康状態の悪化を現に認識していたか、あるいは、それを現に認識していなかったとしても、就労環境に照らし労働者の健康状態が悪化するおそれがあることを認識し得た場合には、結果の予見可能性が認められるものと解するのが相当である」と判断して、「被災者には、高松支店においては、被災者の性格や業務の遅れがちな勤務状況が原因で、特に年度末には、月100時間近い時間外労働時間をしたり、異動直前に1日に労働時間が14時間から15時間に及ぶ日があったこと、よって、その段階で蓄積された心理的負荷があったこと、これを解消することもないまま長崎支店に異動になったこと、長崎支店においては、慣れない環境の中で、高松支店では事実上自由であった時間外の勤務ができなくなったことなどから、平成17年5月下旬の時点で既に被災者に相当の心理的負荷がかかっていたことは、当然、公庫において認識できたことである。さらに、その状況下で、被災者に、休暇をとった職員の担当案件を引受させたり、新規農業参入窓口をさせたりして、担当する業務の増加が見込まれる状況に置き、他の職員のいるところで、筆頭調査役である被災者の仕事の遅れを指摘して、それを叱責することが積み重なれば、被災者に過大な心理的負荷となることも十分予見できた」と判断した。
(2) 「公庫は、高松支店と長崎支店とで、別々の法人であるわけではないから、それぞれの支店ごとに1つ1つの出来事を分断して、安全配慮義務違反や注意義務違反があったかを判断するのではなく、本件自殺に至るまでの出来事は一連のものとして評価すべきである」と具体的に適示している点は、転勤を一つの契機として発症に至る例が一般的にあることから、他の事案においても活用が期待できる。
(3) 以上を踏まえて、「公庫は、被災者がまじめで穏やかな性格で、時間外労働時間を担当しても業務がなお遅れがちであったことを前記のとおり認識していたのであるから、被災者の性格や勤務状況について配慮することが可能であった。しかし、被災者に対して、形式的な入庫以後の年数から筆頭調査役としての役割を期待し、被災者が十分自覚している業務の遅れを叱責して、心理的負荷を蓄積させるばかりであったといえる。公庫は、上の健康状態を悪化させることのないよう配慮ないし注意し、被災者に合った業務や対応をするについて十分な考慮もなく、適切な措置等をとらなかった」として、責任を認めた。
4 過失相殺の類推適用
(1) 判決は、電通事件判決及び昭和63年4月21日最高裁判決を引用した上で、「損害の発生又は拡大に寄与した被災者の性格や勤務態度は、責任感がありまじめであったが、計画的効率的事務処理が不得手であったことが認められる。しかし、このような性格等は、公庫に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲外とはいえない。したがって、被災者の上記性格及びこれに基づく業務遂行態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできない。
もっとも、前記のとおり、被災者は、公庫における勤務経験も 年と比較的長く、管理職ではないもののそれに準じる地位にあり、新人とは異なることなどからすれば、何らかの健康上の問題があれば、被災者からの申出や相談があることも期待できる状況といえ、公庫として、被災者の健康状態の悪化に気付きにくかったことは否定できない。また、労働者は、一般の社会人として、自己の健康の維持に配慮すべきことが期待されているのは当然であるが、被災者は、高松支店に勤務当時は、朝食を公庫において取るなどして公庫に滞在する時間を自ら長くし、休憩の時間を適切に確保して自己の健康の維持に配慮すべき義務を怠った面があるというべきである。
そして、被災者の上記行為は、うつ病罹患による自殺という損害の発生及び拡大に寄与しているというべきである」として、過失相殺の類推適用して損害額の3割を減じた。
(2) しかし、原判決がいう「上記行為」とは、結局のところ被災者の性格に基づく業務遂行に他ならず、電通判決に矛盾したあてはめを行っていることにならないか。今後、同種事案での安易な過失相殺の類推適用を認める根拠とならないよう、この点における原判決破棄を求めて控訴をした。なお、一審被告からも控訴されている。
(弁護団:岩城穣弁護士、中島光孝弁護士、村本純子弁護士、上出恭子)