民主法律時報

アスベスト労災記録の「誤廃棄」について遺族が国を提訴

弁護士 谷  真 介

1 アスベスト労災記録の永久保存と「誤廃棄」

2005年6月、兵庫県尼崎のクボタ旧神崎工場の労働者や周辺住民に肺がんや悪性中皮腫(悪性腫瘍)等の重篤な健康被害が多発しているという、いわゆる「クボタ・ショック」を契機として、「静かな時限爆弾」とも呼ばれるアスベスト被害が社会問題化した。その後、石綿工場、造船所、建築現場で甚大な被害が発生していることが徐々に明らかとなり、その被害の拡がりは底知れない。戦後最大のストック公害とまで言われている。

同年中に政府は省庁の枠を超え過去のアスベスト対策について検証した「過去の対応の検証」を発表、その一貫として厚労省は、同年12月、今後の検証に必要性の高い石綿関連文書について、当面の間「永久保存」(常用)とする通達を発出した。アスベスト被害に関する労災記録についても、この「永久保存」(常用)とする石綿関連文書の一つとされた。

にもかかわらず、その後労災記録を含む石綿関連文書が大規模に「廃棄」されているいわゆる「誤廃棄」が全国的に問題とされた。厚労省は、2度の全国的調査(2015年、2018年)を行い、2015年時には全国で6万4千件もの石綿関連文書が廃棄されていたことが判明した。厚労省は調査を経て、一定の対策(石綿関連文書を独立して編綴、行政ファイルへの「常用」の標示や文書へのスタンプ押印、研修での周知、石綿文書管理簿の調製、開示請求があった場合の「誤廃棄」の明示等)をとり、労災記録については可能な限り復元等を努力することも定めた。

2 本件「誤廃棄」の発覚

本件被害者(原告の父)は、1989年~1998年頃、建設現場で、押出成形セメント板(株式会社ノザワ製のアスロック)の下地作業に従事した際、アスベスト粉じんにばく露し、2003年に中皮腫を発症、わずか半年後54歳の若さで命を落とした。その長男が請求人となり、2008年には加古川労基署において労災(遺族補償一時金、葬祭料)として認定を受けた。

2021年5月の建設アスベスト訴訟最高裁判決等のマスコミ報道を見て、同長男が大阪アスベスト弁護団に相談、弁護団の関与で兵庫労働局に労災記録を個人情報開示請求した。開示された記録が不自然に少なかったため弁護団が指摘したところ、「誤廃棄」として多くの資料が廃棄されたことが判明した。実は、本件は2019年に「誤廃棄」事案として処理されており、同長男には謝罪文書が送付されていたことも判明した(しかし、当時長男が問題意識をもつことはなく、記憶には十分残っていなかった)。

さらに弁護団が調査したところ、前記の厚労省の2015年、2018年の2度の調査では、本件は「誤廃棄」事案として把握されておらず(2018年の調査では加古川労基署は兵庫労働局に報告していたが、なぜか厚労省への報告がなされなかった)、大阪アスベスト弁護団が関与した別事案での「誤廃棄」発覚に伴い、芋づる式で「誤廃棄」が発覚した事案であったことが判明した。

3 アスベスト労災記録の重要性と国の「廃棄」の違法性、本件訴訟の意義

アスベストの病気は数十年の潜伏期間を経て発症するため、どこで、どのように、だれのせいでアスベスト粉じんにばく露したのかの調査は、通常大きな困難を有する。労災記録は、労災給付のために利用されるだけでなく、石綿被害発生に関する原因の究明や加害者への責任追及の場面でほぼ唯一の資料となるのが、実情である。とりわけ被害者が亡くなっている場合、遺族にとっては、労災記録に記載された石綿ばく露等の情報は「命綱」とも言える貴重な証拠資料となる。

そして、建設アスベスト被害の補償・救済手続としては、建設アスベスト訴訟最高裁判決を受けて創設された国の給付金制度のほか、建材メーカーや雇用主(事業者)に対する加害責任の追及があり得る。そのためには、石綿ばく露実態の立証、特に建材メーカーに対する訴訟では、主にどの企業が製造販売した建材によって石綿ばく露したかの立証が不可欠となり、壁となって立ちふさがる。

弁護団が被害者や遺族からアスベスト被害の相談を受けた場合、労災認定を受けている方の場合は「いの一番」に労災記録を開示請求する。被害・加害を把握する出発点となる極めて重要な資料なのである。本件の長男も建設アスベスト大阪4陣訴訟の原告として大阪地裁において株式会社ノザワの責任を追及しているが、労災認定時には被災者である父の石綿ばく露を知っている同業者の聴取がされていたことが判明しており(現在はその同業者には連絡が取れなくなっており、復元は不可能)、これが「永久保存」として残されていれば、石綿ばく露実態の立証、特に加害者(建材メーカー)を特定する極めて重要な証拠となりえた。しかし「誤廃棄」によりその立証手段が奪われた。

労基署は、「誤廃棄」が判明した被害者・遺族に対して形ばかりの謝罪文を送付しているが、過去の労災記録が廃棄された事実を知らされただけでは、本件の長男のように、何の問題や不利益があるのか理解・実感はできない。具体的な被害救済について弁護士などに相談して初めて「誤廃棄」の重大性が分かる。その意味でも、このような「誤廃棄」事案やその問題は、全国的に埋もれている可能性が高い。厚労省は、労災記録が「誤廃棄」されていても「労災給付実務に影響はない」などとし、「誤廃棄」の問題性を矮小化しようとしているが、労災記録の重要性は労災給付実務に留まらない。

そこで、かかる「誤廃棄」問題の責任の所在を明らかにし、かつ将来の再発防止も求め、同長男が原告となり、2022年9月15日、国を被告とし約300万円の賠償を求める国賠訴訟を神戸地裁に提起した。今後の裁判の展開にぜひ注目いただきたい。

(弁護団は、大阪アスベスト弁護団より村松昭夫、鎌田幸夫、伊藤明子、奥村昌裕、繁松祐行と谷真介)

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