弁護士 須 井 康 雄
1 裁判に至る経緯
紀美野町は、和歌山県中部に位置し、棕櫚製品や柿、山椒を特産とする町である。大阪市北区の約12倍の面積に約八千人が暮らす。古民家を利用したおしゃれなカフェが点在し、メディアでも紹介されている。タマ駅長の貴志川電鉄貴志駅から山間を車で抜け、約20分のA地区が本件の舞台である。
原告のBさんは、2012年8月、紀美野町に、地域おこし協力隊員として、期限付の非常勤職員として任用された。以後、同協力隊員又は集落支援員としての再任用が繰り返されたが、2016年3月末に再任用されず退職した。
Bさんは、観光資源の発掘、廃校の活用、各種イベントの企画・実行、観光学部の学生の受入、他からの視察・研修や懇親会への対応などを精力的に行った。また、A地区の住民らで構成される「まちづくり協議会」等の任意団体に個人として加入し、その事務局を担った。
紀美野町では、協力隊員等が超過勤務をした場合、代休を取得することとされ、超勤手当の予算化を一切してこなかった。Bさんは、任期満了で代休を取得しきれなかった時間分の超勤手当を求め、2017年9月、和歌山地裁に提訴した。
2 労基法が適用されるか
紀美野町は、地域おこしという性質上、Bさんの業務に大幅な裁量があったとして労働者性を争った。しかし、裁判所は、①所定の出退勤時間があり、タイムカードで管理されていたこと、②勤務場所が役所とされ、事務作業は専用の机でしていたこと、③社会保険料を控除された「賃金」名目の金員が支給されていたこと、④地域おこし活動に一定の裁量があったものの、町に企画書を提出し町長の決裁を経ていたことからすれば、Bさんは紀美野町の指揮命令下を離れて活動していたとはいえず、労働者であるとした。この点は、書面で明確に「任用」されており、当然の判断であった。
また、紀美野町は、勤務条件規則の代休取得要件を満たさない場合、財政的制約から超過勤務手当も認められないとの驚くべき主張を行った。裁判所は、これを否定した。2審は、労基法37条1項に反する定めは許されず、勤務条件規則は労基法37条3項の協定でもないと理由を付記した。
3 任意団体の事務局業務は公務か
紀美野町は、任意団体であるまちづくり協議会等の活動は、同団体の業務であり、公務ではないと主張した。
裁判所は、①町の要綱で「まちづくり協議会」への参画が協力隊員等の業務とされていたこと、②Bさんと上司が協議会等の構成員として事務局を担っていたこと、③国の補助金の受け皿として協議会等が設立されたこと、④上司がどの団体の業務かを明確に区別せず指示していたことを挙げ、Bさんが一個人としてではなく、町の指揮監督のもと、これらの任意団体に加入し、その業務について労務を提供したと認定した。
4 懇親会は公務か
地域おこしの行事後の懇親会への参加も、町の指揮命令下にあったかが問題となった。
1審は、地域おこしの情報交換等のため懇親会に参加していたとしても、上司から指示されるなど参加を強制されていたと認めるに足りる確かな証拠がないとして、原則として労働時間性を否定した。
ただし、上司が懇親会の参加者の送迎を課員に指示したことがあったことに鑑み、Bさんが車で参加者の送迎を行っていた場合には、町の指揮命令下で労務を提供したと認めた。Bさんは、懇親会に出たのに、送迎のため酒を1滴も飲まなかった! 当然の判断である。宿泊施設と懇親会場が点在し、公共交通機関がないという山間部特有の事情が活きた。
5 経緯
1審判決は、2021年(令和3年)4月16日に言い渡され、担当は、伊丹恭、栩木純一、石橋直幸の各裁判官である。紀美野町のみ控訴し、同年12月2日、控訴棄却。担当は、大阪高裁 民事部の本多久美子、松本展幸、浅見宣義の各裁判官である。紀美野町が上告せず確定した。