弁護士 村田 浩治
1 勝利命令の概要
2018年3月22日、朝日放送ラジオでニュースのリライト業務(新聞等の原稿をラジオ用原稿にする業務)を行っていたスタッフらが結成した朝日放送ラジオ・スタッフユニオンは、朝日放送(株)によるスタッフらの「派遣元」会社である(合)DHに対する契約更新拒否による雇用喪失に対し、スタッフらの雇用の確保を求めて団体交渉を要求したが、朝日放送は団交に応じなかった。
大阪府労働委員会は、2020年2月3日(5日到達)、上記団交拒否に対して、朝日放送グループホールディングス(株)及び朝日放送ラジオ(株)の両社(2018年4月に朝日放送がグループホールディングス化された)に対して、団体交渉に応じること及び謝罪文の交付を命じた。
2 事件の経過
(1) 労働組合員らの経歴
労働組合を結成したスタッフ5名はいずれもリライターとしてシフト制で 時間のラジオニュースを支えてきた。経歴は以下のとおりである。
Aは、2001年3月から派遣会社甲の従業員として就業し、2009年4月から朝日放送の派遣元一本化方針により派遣会社乙に移籍し就労していた。Bは、2006年9月 日より朝日放送と個人委託契約を結んで就労を始め、2008年4月に朝日放送の指示で派遣許可を取った乙社の従業員として就労した。Cは2009年2月より、Dは2010年3月より乙社の派遣社員として就労していた。
2011年2月、A及びCは、朝日放送の指示・協力のもとDH社を設立した。A、C、Dは同社へ移籍、Bにいたっては朝日放送から誘いを受けて同社へ移籍した。Eは、DH社結成後、履歴書を朝日放送に提出し、朝日放送の採用を経てDH社に加入した。2011年4月、朝日放送とDH社は労働者派遣契約を締結し、5人はDH社の派遣労働者として就労を始めた。
(2) DH社の実情
合同会社DH社は、資本金1円、別の仕事をしているAの妻が代表者を務めるダミー会社であった。法人登記のために事務所を借りているが、事務所での業務実態はなく、従業員5名全員を朝日放送ラジオにリライターとして派遣しており、スタッフらの雇い主として経費を負担するためだけの存在であった。派遣料金は、半年に1回朝日放送とスタッフらの交渉によって決められていたが、その内容はスタッフらの朝日放送ラジオでのキャリアや能力に応じた個々の料金を合算する方法がとられており、その実態は賃金交渉であって、交渉の情報はスタッフらで共有していた。
3 団体交渉申入れまでの経緯
朝日放送がDH社設立に関与したのは、朝日放送による直接雇用を回避しながら、スキルを有するリライターの安定的供給の維持を図るために、形式上は派遣とするためであった。
2015年9月30日施行の改正労働者派遣法は、指令指定業務がなくなり、DH社は派遣会社としての許可を受ける資本要件も欠いていたため、2018年4月1日以降はリライター業を「業務委託化」し、スタッフらの就労は継続する見込みであった。ところが、2017年3月23日、突如、朝日放送は分社化計画の下で、DH社との業務委託契約を白紙に戻すと通告した。さらに2017年7月19日、2018年3月末をもってDH社との労働者派遣契約を終了する旨の通告をしてきた。スタッフらは、朝日放送労働組合とも相談しながら、雇用の保障を求めるよう要求してきた。
しかし、朝日放送は、リライト業務そのものがなくなること、ラジオ放送事業が分社化してラジオ社が承継することなどを説明するだけで、2017年12月11日になっても新しい就労先の確保などの約束もせず、朝日放送労働組合に対しても協議の対象ではないとして拒否した。
スタッフらは2017年12月に労働組合を立ち上げた。その後も、朝日放送労働組合からの働きかけやスタッフらの連名による交渉申入れを行ったが事態は進展せず、2018年3月22日付で、朝日放送に対してスタッフらの雇用保障等を求める団体交渉を求めた。しかし、朝日放送は「使用者」ではないとの理由で交渉を拒否した。
4 命令の内容
命令は、DH社のダミーの実情の詳細には触れず、朝日放送は「予め労働者を特定ないし指定して派遣を受け、各人のキャリアや能力を評価して労働の対価に反映させていたというべき」であり、派遣法や派遣先指針の定めを逸脱して「本件組合員らの採用や雇用に関して、派遣先である旧会社が、事実上、雇用主と同視できる程度に、現実的かつ具体的に支配決定するに至っているというのが相当である」として、ラジオ事業を承継した朝日放送ラジオ社と旧会社の経営を承継した朝日放送グループホールディングス社の両方が労組法7条の「使用者」にあたり、団体交渉への応諾義務があるとの判断を示した。
5 命令の意義
派遣労働者が、派遣先の契約解除による身分喪失の解決を求める団体交渉拒否の不当労働行為に対して救済命令を発したのは、2018年2月の神奈川県労働委員会命令(日産派遣切り事件)以来で前例が乏しいと思われる。
本命令は、派遣先が「派遣労働者の特定ないしは指定」を具体的に行っていることや派遣労働者各人の賃金を派遣先が評価して決定していることを使用者性判断の要素とし、派遣法や派遣先指針の定めに反している点をとらえて、採用や雇用の決定・解約について派遣先が現実的かつ具体的に支配決定していると判断し「契約解除による派遣切りをした派遣先事業者」の労組法7条の「使用者」性を肯定している。
命令の示した理由付けは、これまで派遣契約解除にあたっては、契約当事者ではないという理由だけで、使用者性すら否定してきた命令が続いてきた中で、労働者の採用にあたって具体的に決定していたという点をとらえてその身分を失わせる決定を行った派遣先の責任を認めた点で、重要な判断要素を示したものであるといえる。また、通常の派遣労働関係でも活用できる点で重要な命令と考える。
(弁護団は、報告者の外に河村学、加苅匠)