民主法律時報

障害者に対する勤務配慮を求めた訴訟で全面勝利和解 ―― 阪神バス事件

弁護士 立 野 嘉 英

 これまで何度か民法協ニュースでもご報告していた阪神バス事件が、平成27年2月25日、大阪高裁で全面勝利の内容で和解が成立しましたので、ご報告致します。

2 事案の概要

 Aさん(43歳)は、1992年に阪神電鉄に入社し、バス事業部門で一貫して勤務してきたベテランのバス運転手です。ところが、1997年に受けた「腰椎椎間板ヘルニア」という病気の手術の後遺症で、神経障害による「排尿・排便異常」の身体障害が残りました。この障害は、排尿や排便を自分の意思でコントロールすることができず、下剤を服用するなどして数時間をかけて強制的に排便をすることなどが必要なものでした。
 当時阪神電鉄には「勤務配慮」という制度があり、Aさんはこの制度を利用して会社と話し合いを行い、①バス乗務のシフトは午後の比較的遅い時間からとする、②時間外労働は避ける、③前日の勤務終了から翌日の勤務開始までの間隔を14時間、最短でも12時間以上空けることとする、という「勤務配慮」を受けてきたのです(原告側主張)。Aさんは、このような勤務時間に関する配慮を受けることによって、毎日決まった時間に下剤を服用して、朝早く起きて数時間かけて排便をしてから何とか勤務できるようになったわけです。
 そんな中、2009年、会社編成があり、阪神電鉄のバス事業部門は分社化され(会社分割)、以前からあった阪神電鉄と同じグループ会社の阪神バス会社に統合されることになりました。
 ところが、その際、会社と労働組合が分社化に当たって定めた合意書には、以前からAさんに適用されてきた「勤務配慮」制度について、「勤務配慮は原則として認めない」と記載されてしまったのです。
 Aさんは2009年4月に阪神バスに移籍しましたが、それでも勤務配慮はしばらく続けられていました。
 しかし、阪神バスから、2011年1月「勤務配慮を廃止して、通常の勤務シフトで勤務させる」と一方的に通告され、実行されることになってしまいました。
 その結果、Aさんは勤務時間に合わせた排便コントロールが全くできなくなり、当日欠勤が一気に増えてしまったのです。
 そこで、Aさんは、「勤務配慮」を受けない通常の勤務シフトでの勤務する義務のないことの確認を求める裁判を起こしました。なお、緊急性があったので、本裁判の前に、仮処分の裁判も起こしました。

3 裁判で主に争われた点

 この訴訟で争われた問題点はとても多いのですが、特にポイントとなったものとしては、(Ⅰ)そもそも、Aさんが受けていた勤務配慮は阪神電鉄との間で労働条件として合意されたものか、(Ⅱ)阪神電鉄との間で合意されたものとして、それが阪神バスに引き継がれるのか、(Ⅲ)Aさんが受けていた勤務配慮を打ち切ることは障害に基づく差別に該当するのではないか、という3点です。
 特に、Ⅲの障害に基づく差別ではないかという点は、重要です。2006年の国連総会で、身体や精神に長期的な障害がある人への差別撤廃、これらの人の社会参加促進のため、「障害者権利条約」が採択され、日本も2014年1月20日に批准しています。
 そして、同条約では、障害者に対する差別として①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3つの類型を禁止しています。③の合理的配慮とは、「障がいのある人に対して他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、不釣り合いな又は過度な負担を課さないもの」と定義されています。つまり、障害を持つ人に対して必要な調整であって、過度な負担になるようなものでなければ、それは合理的な配慮であり、そのような配慮がないこと自体が差別に該当するとしているのです。
 本件でも、Aさんの勤務シフトに関する「勤務配慮」は、まさに障害者権利条約の「合理的配慮」にあたるものであり、これを一方的に打ち切ることは、障害者権利条約が禁止している障害者に対する差別に該当しており、ひいては法律的に公序良俗違反ないし信義則違反として無効であると主張しました。

3 一審の判断

(1) 争点Ⅰ(Aさんが受けていた勤務配慮は阪神電鉄との間で労働条件として合意されたものか)について
 これについて、本裁判の一審は、①出勤時刻が午後0時以降となる勤務を担当させる②原則として時間外勤務とならない勤務を担当させる、という勤務配慮が労働条件として黙示的に合意されていたと認めました。
 そして、温情的な措置に過ぎないという会社の主張については、約6年という長期間に亘って勤務配慮が行われてきたことや、各種資料でも労働条件の一つとして取り扱われているとして、採用しませんでした。

(2) 争点Ⅱについて
 この点は、阪神バスが阪神電鉄とは一応別会社なので、阪神バスに移籍することを同意したのであれば、阪神バスの労働条件に従うことを同意したのではないかということが争点になりました。
 ですが、会社分割という形で分社化するにあたって、労働契約承継法という法律が適用されます。この法律では、会社は、会社分割で社員が移籍するときには、労働条件もそっくりそのまま引き継がれるのが原則で、仮に変更するときにはよくその社員と話し合いをして意見を聴きなさい、そうでないと変更は認めませんよと定められているのです。
本件では、阪神バスは、Aさんから阪神電鉄を退社して阪神バスに移籍するという同意を取っているときには、新たな阪神バスとの契約だから労働契約承継法は関係ないはずだと主張しました。
 しかし、裁判所は、会社の主張は認めず、労働契約承継法という法律で、労働条件に変更がないことが原則なのに、そのような選択肢をAさんに与えず、また説明もなかったのだから、Aさんの利益を一方的に奪う手続きを取ったものであるとし、そのような前提の新たな契約は公序良俗に反して無効だと判断しました。そして、労働契約承継法によって、Aさんは阪神バスに移籍するとしたのです。
 また、同意書は、労働条件の不利益変更についての同意とみることができたとして、上記と同じ理由で、公序良俗に反して無効としました。

(3) 争点Ⅲについて
 本裁判の裁判所は、争点ⅡでAさん勝訴の結論が導けるので、残念ながら、この点を明確に判断しませんでした。
 ですが、本裁判に先立って行われた仮処分の裁判では、この点について明確に判断されています。
 すなわち、「障害者に対し、必要な勤務配慮を行わないことは、法の下の平等(憲法14条)の趣旨に反するものとして公序良俗(民法90条)ないし信義則(同法1条2項)に反する場合があり得ると解される。」とし、「勤務配慮を行わないことが公序良俗又は信義則に反するか否かについては、①勤務配慮を行う必要性及び相当性と、②これを行うことによる債務者(注:会社)に対する負担の程度とを総合的に考慮して判断をする」として、まさに障害者権利条約にいう合理的配慮とほとんど同じ考え方を示し、Aさんに勤務配慮を行うことが必要かつ相当で、また阪神バスにも過度な負担にはならないので、そのような勤務配慮を行わないことは公序良俗ないし信義則に反すると明確に判断したのです。

4 本和解の内容

 大阪高裁で成立した和解内容は、若干の修正はあるものの、ほぼ原告側の請求の趣旨どおりの勤務条件を確認するものである上、今後の勤務配慮の内容について見直す場合の手続や誠実な協議の確認を入れたことでも、Aさんの今後の勤務にとって請求の趣旨を超えた大きなメリットがあるものと思います。

5 意義

 本裁判の判決では判断が示されませんでしたが、仮処分决定では、障害者権利条約の「合理的配慮」と同じ考え方で、勤務配慮をしないことが信義則ないし公序良俗違反と判断されたことは、今後、障害者の雇用の場における人権として大変重要な意義があると思います。改正障害者雇用促進法が平成28年4月1日から施行される予定であり、同法には障害者に対する差別禁止と共に合理的配慮の提供義務が規定されています。裁判所が、合理的配慮の提供義務と同じ考え方で、信義則違反を認めたことは、合理的配慮の民事上の権利性へつながるものとして、極めて重要であると考えます。また、改正障害者雇用促進法では、障害者の定義に「精神障害者」も明記されています。職場におけるメンタルヘルス患者も急増している昨今、合理的配慮の提供義務の考え方が及ぶ射程(対象者)はかなり広いことにも、労働者を支援する立場としては注意しておく必要があると思います。

(弁護団は、岩城穣、中西基、当職)

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