民主法律時報

建交労 大阪運輸振興・組合掲示板事件

弁護士 楠   晋 一

1 大阪運輸振興とは?

 大阪運輸振興は、1988年に設立された大阪市の外郭団体で、大阪市交通局(以下「大交」といいます。)から市バスの一部の営業所について路線バスの運行業務やバス操車場、バスターミナルの管理業務についての事業を委託されています。そのような関係で、大阪運輸振興は、大交から営業所やバスその他の営業用資産を無償で貸与され、操車場も無償で使用が認められています。また、大交が大阪運輸振興の株式の37.5%を保有し、議決権の100%を支配しており、実質的には大交が大阪運輸振興を支配する関係にあります。


2 大阪運輸振興における従業員の状況と組合の設立

 大阪運輸振興で働く従業員には、大きく分けると大交から移ってきた社員、大阪運輸振興で採用された社員と嘱託社員がいますが、従業員の6割は嘱託社員で市バスの運転業務に当たっています。
 嘱託社員は1年間の有期雇用で、退職金もなく、賃金面でも基本給17万円、手当を含めても20万円あまりで、毎月35時間以上の残業と2日以上の休日出勤をしないとまともな生活ができないのが現状です。マスコミで報道されるバス運転手の待遇はごく一部を捉えたものに過ぎません。
 そんな中、2011年6月に分会長の不当解雇争議の勃発を契機に2名の嘱託社員が建交労運輸関連合同支部大阪運輸振興分会を結成しました。

3 営業所内における掲示板設置の実績

 ところで、大阪運輸振興には建交労以外にも4つの組合があり、掲示板の設置を申請した組合には長年にわたって労使の合意に基づき営業所内での組合掲示板の継続的な設置・使用が認められていました。
 そして、建交労もこの慣行に基づき2011年8月末に使用が認められ、9月から自前の掲示板を各営業所に設置しました。設置場所はどこも営業所の中の食堂や休憩室があるフロアの一角で、一般人の目に付くようなところではありません。また、掲示板の広さは縦90㎝×横180㎝というごく一般的な大きさです。


4 橋下市長就任と掲示板設置許可の更新拒否通告
 

 皆さんご承知のように大阪市長に就任した橋下氏は、労働組合を敵視する行動をとり続けています。そのような中、大交は、2012年2月に、大阪運輸振興に対して同年4月以降の掲示板設置使用許可を更新しない旨通告し、原状回復するよう求めてきました。これを受けて大阪運輸振興は各組合に対し、3月31日までに組合掲示板を撤去するよう通告しました。


5 組合の抗議と府労委への救済申立て

 組合は、この通告に強く抗議し、すぐに会社と大交と大阪市に対して通告の撤回を求めて団交申入れを行いました。しかし、大阪運輸振興は、今回の撤去は大交からの通知によるものであり、大交が許可しない限りどうすることもできないといいます。組合がなぜ施設使用許可の便宜供与を見直す必要があるのか、建交労に何か問題があったのかと問うと、会社は、大交の労働組合が勤務時間中に選挙活動をするなどルールを逸脱する行為があったので、これらの行為を正すためすべての組合に対する便宜供与を見直すことになった。しかし、建交労にはそのような行為は一切ないと会社でさえ認めました。
それでも、通告の撤回に応じませんでした。
 また、大交は本件に関しては、大交と会社との間における大交所有の施設の使用に関する事項であるので団交する立場にないとして団交にさえ応じませんでした。
 このような状況下で2012年3月16日に、組合は会社に掲示板の使用許可、大交に団交応諾と掲示板の使用許可の更新、大阪市に団交応諾を求めて大阪府労働委員会に不当労働行為救済申立てをしました。


6 相手方の行為は組合活動の自由と表現の自由へのあからさまな挑戦です

 組合は、分会結成以来、労働者の待遇改善を会社に要求するだけでなく、分会長の解雇裁判の情報も組合ニュースとして積極的に組合内外に情報発信してきました。そのような精力的な活動が評価されて、分会員は現在  名まで増えました。とりわけ、市バスの運転手は各人の業務時間がバラバラでなかなか一堂に会することができず、掲示板での情報提供が組合員の活動にも欠かせないものとなっています。掲示板の撤去は組合活動にとっては死活問題であります。また、組合ニュースの掲示スペースをなくすことは組合内外への表現活動に対する重大な制約になります。
 ところが、会社は、労働組合たるもの使用者から便宜供与を受けずに独立して存在せよと言い放ち、大交は本件の問題を庁舎施設管理権の問題に矮小して、自分たちは関係ないという姿勢でこの問題を乗り切ろうとしています。
 組合活動の自由と表現の自由という2つの憲法上の重要な権利を守るために今後とも皆さまのご支援を(分会長の解雇裁判ともども)よろしくお願いいたします。

(弁護団は、梅田章二、河村学、西川大史、楠晋一)

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