民主法律時報

書籍紹介 渡辺輝人著『ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか? ナベテル弁護士が教える残業代のカラクリ』

弁護士 井 上 めぐみ

 ワタミと日銀。共通点の見えない二つに企業の名前が並ぶインパクトのある表題に引き込まれます。しかし、その一方で、ワタミという言葉がブラック企業に繋がるイメージを持っていることは皆様の脳裏に浮かぶのではないでしょうか。

 本書は、労働者側の立場で賃金請求のみならず広く労働事件を扱っておられる民法協会員である渡辺輝人弁護士(京都第一法律事務所所属、日本労働弁護団常任幹事、過労死弁護団全国連絡会所属)がすべての労働者が自分の身を守ることができるようにと願って書かれた労働者の立場からの本です。筆者は、この本の性格を一言で表すなら「残業代を軸に会社と社会を分析し、権利行使するための本」であると述べています。労働者が賃金や残業代の仕組みを知らずに、外形的に表れる数字に騙されて何も言わずに勤務を続けていることこそが、結果的にブラック企業なるものを生み出す大きな原因となります。何と言っても分かりやすいのが特徴であり、あっという間に読み終えることのできる1冊です。コラムを挿入したり、押絵や表の記載等視覚的な点にも配慮をしたりと、全180頁ほどの中に読み手に分かりやすく伝えたいという筆者の思いが詰まっています。

 内容としては、「残業とは何なのか」いう基本的な事項から始まり、残業代の支払い方から会社や社会が見えること、就職活動を行う際から賃金や残業代の仕組みについての知識を有しているか否かによりブラック企業への就職を回避できるか否かが決まること等、働く者すべてが知っておくべき事項が記載されています。また、実際に労働者が未払いの残業代請求を行う場合に意識すべきことや、実際に残業代請求にするためにどのような証拠を日々集めておくべきかを具体例を挙げて記載されています。さらに、弁護士であっても難しいと感じる残業代の計算方法についてもわかりやすく説明がされています。巻末資料の中には、労働相談窓口一覧や全国労働弁護団員所属事務所一覧も記載されており、労働者がいざという時にいつでも相談できる場所を知ることができます。

 現在、民法協では、「ブラック企業対策! 労働判例ゼミ」を月1回のペースで開催しています。主に  期代の若手弁護士が中心になり、毎回様々なブラック企業に関する労働判例の検討を行っています。
 例えば、ブラック企業でよくみられる固定残業代については、判例上、それが有効と認められるには
 ①実質的に見て、その定額手当が残業代としての性格を有していること
 ②定額手当(残業代部分)とそれ以外の賃金部分とか明確に区別できること
 ③固定分を上回る残業があった場合には、当然、上回る部分について残業代が支払われなければならないこと
という要件を満たす必要があります。また、テックジャパン事件(最高裁H  ・3・8判決)における補足意見では、「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば  時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、①その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に、②支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。③さらには  時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。」と述べられています。

 このように、固定残業代が認められるためには、判例上厳格な要件を満たすことが求められていますが、実際にこのような要件を満たした上で固定残業代が支払われていることは皆無です。このような現実を労働者が認識し、声を上げることが必要なのです。

 残業代をきちんと支払わないという会社の体質は、固定残業代という形で多くの賃金を支払っているように見せかけ、労働者を長時間使うことを前提にしていることを示します。本書は、弱い立場にある労働者が日々自己の働き方を意識し、きちんと声を上げることが当たり前の社会にしたい、その結果として過労死やブラック企業が一掃されていってほしいという著者の強い願いが込められています。すべての人が手元に置いておくべき1冊です。

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