民主法律時報

《書籍紹介》豊川義明 著 『現代労働法論―開かれた法との対話―』

弁護士 青 木 克 也

1 本書の概要

2023年8月、豊川義明・民法協会長の著書『現代労働法論―開かれた法との対話―』(以下、「本書」という。)が日本評論社から刊行された。豊川会長としては、2019年に同社から出版された「労働における事実と法―基本権と法解釈の転回―」以来、4年ぶりの新著となった。

本書は全5編で構成される。第1編は総論として、「連帯」、「法解釈」、「社会権」、「判例」といった基礎的な概念を解説する。第2編は各論として、労働者概念、労働条件の対等決定原則、就業規則による労働条件の不利益変更、官民それぞれの争議権など、個々の労働法上の論点についての考察を示す。第3編は判例・命令批評として、大阪医科薬科大学事件、守口市非常勤職員雇止め事件、エミレーツ航空不当労働行為事件等など、近時の重要な労働紛争に係る公権的判断を批評する。第4編は評論として、大学、地方自治体、法曹界、そして労働組合を中心とする社会運動の在り方などについての巨視的な考察を示す。第5編は、著者が司会を務めた、労働組合法上の労働者性をめぐる研究者座談会を収録している。

2 本書の特徴

本書の特徴は、何と言っても、著者の50年を超える弁護士経験に裏打ちされた、歴史的知見に基づく重厚な論究である。また、憲法学・法哲学・法社会学的な視座からの考察も随所に散りばめられており、その参照範囲は広く諸外国の法制度や学説にも及んでいる。

3 著者の問題意識

本書のうち、労働法学や裁判実務、そして日本社会に対する著者の問題意識が特に色濃く表れているのは、第1編第5章「現代における法・判例の形成と労働法学の課題」や、第2編第8章「日本社会と労働者の『権利のための闘争』――法の正義の実現」であろう。

著者は、労働法を「雇用関係における労働者の人間の尊厳の実現を目指す法である」と理解した上で、憲法27条及び28条による社会権の保障が、経済的・社会的弱者である労働者に自由と平等を実質的に回復させようとするものであり、そのために使用者の契約の自由や財産権保障は権利性を持たなくなる(あるいは後退する)と説く(本書48頁)。他方、本書でも取り上げられている現実の裁判例は、過度な形式主義や公法・司法二元論に囚われて派遣先企業の使用者性や非正規公務員の雇用保障を否定したり、正規・非正規の待遇格差の不合理性を容易に認めなかったり、使用者の施設管理権を労働組合の団体行動権の上位に位置付けたりと、著者が是とする社会権の保障の在り方とは大いに乖離が見られる。

このような裁判所の状況を踏まえ、著者は、弁護士の姿勢にも警鐘を鳴らす。すなわち、「著者の理解では、1970年代後半から現在まで『共感』を生み出せる裁判官に出会えるのはだんだんと少なくなり、それこそ私達は裁判官が事案の真実と人権に背を向けないようにあらゆる工夫をしなければならない時代になっている」との問題意識である(本書136頁)。

労働基本権をめぐる激しいせめぎ合いの歴史を知らない世代の法曹は、往々にして、「公務員には争議権がなく、労働契約法の保護も及ばない」とか、「労働組合は使用者の施設管理権を侵害してはならない」といった命題を、「知識」として受け容れ、それを当然に議論の前提に据える傾向がある。そのようないわば思考停止の状況を打破し、労働基本権の保障を実現していくためには、著者が論じるように、労働法とは何であり、憲法は何を要請しているのかといった基礎理論から丁寧に説き起こし、また、当事者の尋問等を通して労働社会の「現実」を力強く裁判所(又は労働委員会)に突き付けていくことなどが必要となろう。

さらに、著者は、「研究者の鑑定意見による判例形成への参加は、法解釈学の社会実践であり、司法を通じてその理論の通用性を社会に試し、還元するものである」と述べ、法曹と研究者の共働の必要性をも指摘する(本書50頁)。自ら理事を務めたこともある日本労働法学会の大会等においても、著者は常に議論に参加し、豊富な実践経験に根差した質問や発言を行っている。本書もまた、そのような研究者への問題提起を多分に含んでおり、今もなお判例形成を追求し続ける著者の強い意欲が表われている。

旬報社  2023年8月刊
定価  4800円+税

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