民主法律時報

中村和雄・脇田滋 共著 『「非正規」をなくす方法』


評者 萬井 隆令

1 『「非正規」をなくす方法』とは大胆な書名である。その書名を世に問うことのできる人は多くはあるまいが、本書はまさにそれをなし得る、実務と運動に密着しながら研究を進める脇田氏と理論家肌の実務家・中村弁護士による協同著作である。

2 本書冒頭に紹介される派遣と偽装請負の二つの実例は、企業が労働法上の「使用者」としての責任を免れようとして労働者にいかに酷い仕打ちをしているか、「非正規」の実態を鮮烈に描き出している。特に、派遣のシングルマザーの例は、派遣労働者に対する、考え得る差別・いじめのフルコースのようである。 
 偽装請負や派遣と並んで(というよりも、それらも有期雇用であることが多いのだが)非正規の大部分を占める有期雇用労働者は何人いるのか、政府統計を分析して、実体に近い数を指摘している。2か月、3か月といった短期の契約の更新を繰り返して5年も8年も働いている労働者は「非正規」ではないのか。そのような労働者たちが期間満了という理由で雇止めされることがあり得ることを考えれば、答えは明瞭なはずである。ところが、政府は短期契約の更新により1年以上継続して雇用されていれば、「常用」労働者だといい、そのような曖昧な表現を使うことによって期間の定めがある労働契約の根本的な問題から目を背け、不安定就業形態であることを直視しない。本書は、そのような態度から適切な有期雇用労働者政策が生まれるわけがないことを鋭く指摘する。

3 本書は扱う範囲も視野も広い。簡潔に要点を抑えた戦後労働法の歴史や労働運動史も紹介されている。
 パート問題にしても、企業内の労務政策だけでなく、通常の労働者に比べ労働時間が75%以下の短い労働者は社会保険に加入させなくてもよいという内部通達、年収130万円までは社会保険で被扶養者と認定する制度、年収103万円までは非課税とする所得税法、公的年金制度上の第3号被保険者に老齢基礎年金の権利保障などによって、他方で均等待遇原則を等閑にしたことと相まって、年収の低い被扶養者のまま就労する道に誘導する制度が形成されたことも鋭く指摘する。
 また、派遣の合法化は女性を派遣労働者化することにより差別的雇用管理を隠蔽することや企業別組合の弱点を突いて労働運動全体を弱体化させるものでもあったと指摘する。 最低賃金制を論じるときに、外国人研修生問題や個人請負や家内労働、さらには下請代金支払遅延防止法にも言及し、賃金収入の確保を広い視野から論じている。
 そういった視点を維持しながら、有期雇用、パート、派遣といった典型的な非正規労働者や請負契約により独立自営業者という形で就業している実質的な「労働者」についての問題だけではなく、最低賃金制、均等待遇の問題から官製ワーキング・プア問題についてそれぞれ一章を宛てた後、公契約条例問題、社会保障制度にまで及び、さらにデンマークと韓国の労働情勢から示唆を得ようとする。
 そういった丹念な分析を踏まえて、著者らは、近年の不安定雇用労働者の急増という「雇用社会の激変ともいえる状況は、政府が経済界の要望に応じて、政策・立法を通じて意識的に生み出してきた」と喝破する。個々の法律問題に取組む際にも常に念頭に置くべきことであろう。

4 本書は非正規と対比して、正規雇用を「あるべき雇用の形態」としつつ、それを①直接雇用、②期間の定めのない契約による安定雇用、③生活に必要な時間を確保できる労働時間制、④人間らしい生活を営み得る相当な賃金という4つの要件を満たした雇用と位置づけている。
 ただ、非正規が増える一方で、正規雇用労働者の25%程度は週60時間労働という過労死予備軍的な働き方をしているといった問題指摘があるように、従来、非正規(不安定就業形態)としては①、②を指し、そうでなければ、一応、正規雇用労働者だと見てきた。①、②だけでなく③、④をも要件とする労働とはいわゆるディーセント・ワークを指すものと理解されてきた。とすると、本書は実質的には『ディーセント・ワークを実現する方法』を説こうとしたものと考えられる。「羊頭狗肉」というが、本書は、看板以上に内容があるから「狗頭羊肉」とでもいうべきか。
 労働組合に対する鋭い批判もあるが、期待や提言も多い。ともあれ、日本の労働者の労働条件の底上げ、権利向上のために、大いに読まれ、利用されることが期待される。

  新日本出版社 2011年5月30日初版 定価1600円+税

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