民主法律時報

お薦めの新刊 『後月輪東(ぱんどら)の棺(はこ)』 (大垣さなゑ著・東洋出版)

弁護士 梅 田 章 二

 この本の作者は、イラクへの自衛隊派兵差止大阪訴訟の事務局で中心的な役割を担われた大垣さなゑさんである。また、靖国神社、知覧や万世といった特攻隊の記念館を1泊2日で訪れる弾丸ツアーを企画したことがあったが、彼女もそのメンバーだった。そのような経過もあって、私としては珍しく最後まで真面目に読んだところ、非常にすばらしい本であるので、是非、みなさんにもお薦めしたい。
 「日本国は長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家」で始まり、基本的人権を「公益」や「公の秩序」で制限する自民党の改憲草案が公然と登場し、教育への国家統制、国民への監視体制や情報統制が強化され、自衛隊を国防軍とし集団的自衛権を認め、憲法9条を改定しようという、歴史歯車の逆回転の世相のなかにあって、意味のある出版である。
 知覧の特攻隊基地から発進した特攻隊員の話から始まり、明治維新からアジア太平洋戦争の終結にいたるまでの歴史の流れをベースに、なぜ、日本が無謀な戦争に突っ走り、いたずらに青年の命を奪ったのかを検証し、作者独特の表現で怒りと呆れを溢れさせている。
 明治維新の廃仏毀釈は、古来プリミティブな神道と習合もしくは共存してきた仏教を、大陸から伝授した邪教としてしりぞけ、寺院や仏像を破却する宗教政策だったが、その目的は体制に叛き、体制からの逸脱を促す神や仏を廃滅し、神国日本の天皇制を純化させることにあった。本作ではその過程が詳しく紹介されている。
 また、国民国家形成の画期となった明治憲法の制定にも筆をむけ、大日本帝国が天皇の名において行なったすべての侵略戦争の責任から天皇を免じるカラクリを明らかにする。
 大日本帝国憲法が規定する「万世一系の統治」の正統性を根拠づけるものは神話以外にない。本作は「日本神話」創出の胎盤となった天智・天武・持統朝の東北アジアの緊張した時代を描き、神宮皇后の三韓征伐や、天皇すなわち神の軍隊の登場の物語にこめられた政治的意図にもふれている。
 昭和初期、神国日本のもとでは、美濃部達吉の天皇機関説事件や滝川事件など、学問の自由が完全に否定される。ファシズムと国体論のまえに合理的精神は後退し、あらゆる人々が思考停止を余儀なくされていく。
 「後月輪東の棺」(のちのつきのわのひがしのひつぎ)というタイトルの「後月輪東」とは、孝明天皇陵の所在地であるが、その一帯は江戸時代の歴代天皇の墓所のある地域である。歴代天皇の墓は質素に並んでいるそうだが、史上はじめて「火葬儀」と寺院勢力の関与を廃して埋葬された孝明天皇の墓はひときわ立派なものとなり、神権天皇制国家の誕生を象徴するモニュメントとなった。
 終盤は、津田左右吉の「神代史の研究」などの発禁処分、出版法違反での起訴という思想裁判と対米戦争の開始を並行して展開し、軍事的敗北を重ねていく帝国内部の崩壊を描き、最後は、天皇の玉音放送で終わる。
 中国大陸への侵略からアジア太平洋戦争への道は、もっぱら昭和の軍部独裁によるものとして、明治時代の指導者を免罪しようとする立場もあるが、江戸末期から明治にかけて創出された神権天皇制国家の「虚構」にこそ、無謀な戦争に突入した背景があることがよくわかる。
 本作は歴史アンソロジーでありながら、史的事実の考証はきちんとされていて、歴史の勉強になり、秘密保護法や集団的自衛権などという戦争前夜を思わせる時代にあって、あらためて近現代史が学べるお薦めの書物である。

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