2025年10月14日
民主法律協会 幹事長 河村 学
2025年10月4日、高市早苗氏が自民党の新総裁に選出された。総裁選を制した高市氏は、選出直後、「もう全員に働いていただきます。馬車馬のように働いていただきます。私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります。」と発言した。
ワークライフバランス(仕事と生活の調和)とは、労働契約の原則にも掲げられる理念であり(労働契約法3条3項)、「誰もがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たす一方で、子育て・介護の時間や、家庭、地域、自己啓発等にかかる個人の時間を持てる健康で豊かな生活ができるよう」「社会全体で仕事と生活の双方の調和の実現を希求していく」べきものである。また、「仕事と生活の調和と経済成長は車の両輪であり、若者が経済的に自立し、性や年齢などに関わらず誰もが意欲と能力を発揮して労働市場に参加することは、我が国の活力と成長力を高め、ひいては、少子化の流れを変え、持続可能な社会の実現にも資することとなる。」と位置づけられているものである(仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章)。
ワークライフバランスの実現は、働く者の人生にとっても、国の未来にとっても必要不可欠で、かつ、重要なものとして位置づけられているのであって、これを推進するためにその範をさえ示すべき者が、これを「捨てる」と発言するのは、ワークライフバランス実現の取り組みを無視、軽視するものと言わざるを得ない。
この発言は、直接的には自身や自民党所属議員に宛てたものであるとしても、一国の総理大臣になろうとする者の発言としては、その影響力を考えない軽率な発言である。「ワークライフバランス」を「捨てる」との発言は、一方では、このような働き方が美徳であるかのような誤ったメッセージを送ることになり、他方では、そのような働き方をしない者に対して否定的な評価を与えるようなメッセージを送ることになるからである。
とりわけ、高市氏は、自民党総裁選の公約においても、労働者保護の政策を具体的に打ち出しておらず、かえって「労働時間規制につき、心身の健康維持と従業者の選択を前提に緩和します」と述べている。ワークライフバランスの実現に後ろ向きな姿勢が背景にあるとも言えるのであり、この発言を単に個人の意気込みの問題等に解消することはできない。
高市氏は初の女性の自民党総裁である。働く女性の励みになるのは、ワークライフバランスを図りながら仕事を遂行する姿であって、総裁である高市氏が率先してワークライフバランスを捨てると宣言することは、仕事と生活との調和を懸命に図りながら働いている多くの女性労働者に多大な不安を与えるものである。
当会は、この高市氏の発言に強く批判するとともに、自民党総裁として、ワークライフバランス実現に向けて社会全体で推進していくという立場を表明することを求めるものである。当会は、今後とも、官民すべての労働者の生活と命を守り、ワークライフバランスの実現向けて、活動を進めていく。