民主法律時報

大阪憲法ミュージカル2017「無音のレクイエム」

弁護士 國本 依伸

 スタッフとして場内整理をしつつ、開演直前に客席ど真ん中に一つだけ空いていた席に滑り込んだ。隣席の上品な年配女性に話しかけられた。10年間5演目の全てに出演されているミズ大阪憲法ミュージカルこと元村さんのお知り合いだった。

舞台は昭和初期の千日前から始まる。コミカルな前半。天真爛漫なキャラクターたちが舞台上を駆け回る。周囲から笑い声が聞こえる。お隣のご婦人もよく笑ってくれていた。実は演じる側にとっては喜劇こそが難しい。ほんの少し言い回しやタイミングがずれるだけで途端に面白くなくなる。笑うべき場面なのに、スタッフ側としては観客が笑ってくれてホッとしたというのが正直な心情だ。と同時にこの先に彼らを待ち受ける運命を知っているが故に、彼らの振るまいが明るくて楽しげであればあるほど泣けてきた。この前半と後半のコントラストにより全体主義と戦争の非人間性を訴えることこそが脚本家の意図であると、観客席から観ることで今まで以上に気付かされた。

金星姫弁護士演じる踊り子が朝鮮半島出身であるが故に同僚たちから心ない言葉を投げつけられる場面が唯一、すでに 年戦争の時代であったことを暗喩する。しかしその点を除いては、前半の舞台は音楽も照明もひたすら明るく、150時間の稽古を経てきた出演者たちも生まれて初めて動く写真=活動写真を観て歓喜する市井の人々になりきっている。

元村さんと同じく常連出演者の若林さんが当時の愛国婦人になりきり(昨年は涙一つ流さず唇を噛みしめて息子の出征を見送る役だった)満面の笑みで「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」と駆け上がり、日米開戦を告げる号外を誇らしげに掲げる、そこから世界は一変する。国民服の男性とモンペ姿の女性が勇ましく歌い上げる。

ほふれ米英 我らが敵だ 年の怨みを晴らせ

喜劇の台本はじめあらゆるものが検閲され、千日前から笑いが消えた。思ったままを口に出してはいけない時代。「立派に死んで参ります」と高らかに宣言する息子を前に、万歳三唱するほかない母親たち。周囲からすすり泣きが聞こえる。お隣のご婦人もしきりにハンカチを動かしておられる。

出征前「人に死にに行けという芝居を書くくらいなら、自分が行く方がええ」と言い捨てた脚本家見習いの貞夫は、「自由に笑えん国はおかしい。それだけは分かるんや」と言い残し、野戦病院で命を落とす。「アホや! 戦争しとるもん、みんなアホやあ!」主人公である活動弁士、明の魂からの叫び。

昭和20年3月13日、274機のB29から投下された焼夷弾が大阪の街を焼いた。同年8月14日まで続いた空襲による死者行方不明者は1万人以上。お国の言うがままに繰り返した防火訓練では焼夷弾には太刀打ちできず、逃げることを禁じられた人々が無為に焼け死んだ。生き延びた人々の証言を出演者が再現する。「丸く前屈みで黒焦げになっている人の懐あたりの小さな塊は赤ん坊でしょうか。たった一人で歩いていると、生きて動いている人にあいたいと切実に思いました」。クライマックスは本作の主題曲「この時代に生まれて」のコーラス。

この時代に生まれて 声を上げずにいるのなら
この時代に生まれて 子どもたちに何を誇るのか
国が時代を作るなら 国を作るのは人のはず
青い空にも暗い闇にも 人は時代を変えられる

中盤以降ずっとすすり泣いておられたお隣のご婦人が、閉幕後に話かけてこられた。兵士の出征シーンと帰還シーンは自分の記憶のそれと全く同じだったと。普段は人前で話さないお父さんが神社の境内で集まった人々に向かって話していたのが珍しくその光景をよく覚えていること、そこでは「人に後ろ指指されることないように頑張れ」と言っていた祖母が後で泣いていたことなどをとつとつと話された。あの灰色の時代を実際に経験されている方からそのままだったと言われることは、演じる側としては最高の評価だろう。

4日間8公演に3000名を超える方に観劇いただいた。閉幕後、場内の「無音のレクイエム」の世界からロビーへ出て来られたお客さんたちの顔は一様に明るい。個人の尊厳に至上の価値を置き「政府による戦争の惨禍」を防ぐことを宣言した日本国憲法の理念が、4ヶ月間練習を積んできた84名の出演者たちのエネルギーに載って、ひとりひとりの胸にポジティブなメッセージとして届いた証左として理解したい。
大阪憲法ミュージカルの歩みはここで止まらず、来年9月の新作公演へと続く。

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