ブラジル人労働者の労災事件

2016年04月15日

弁護士 鶴見 泰之

1 はじめに

マイグラント研究会で相談を受けていた労災事件が解決したので報告をしたいと思います。
事例報告の前に、マイグラント研究会について簡単に紹介をします。「マイグラント(migrant)」とは、移住労働者という意味です。研究会では、弁護士や研究者、通訳人が、外国人の労働問題や在留問題などの法律問題を研究し、その解決のために取り組む活動を行っています。マイグラント研究会への法律相談は、関西圏からだけでなく、その他の地域で働く外国人労働者からも寄せられています。今回、紹介します外国人労働者の事件は、事故に遭った中国地方在住のブラジル人女性(以下、「Aさん」とします)の夫(ブラジル国籍)から寄せられたものでした。

2 工場での作業内容

Aさんは、夫と、鶏卵農場に隣接する鶏卵の洗浄・包装を行う工場内で働いていました。そして、数年後には同じ雇用主が運営する別の工場に異動しました。異動先の工場も鶏卵の洗浄・包装を行う工場でしたが、機械の操作方法が異動前の工場とは異なっていました。ところが、異動先の工場長からは機械操作に関する説明は何もありませんでした。また、異動前の工場では、稼働中の機械のカバーを開けた場合には機械の運転が停止する仕組みでしたが、異動先の工場ではそのような装置は設置されていませんでした。Aさんは、日本人作業員から作業方法をジェスチャーで教わりながら、日々の仕事を行っていました。ポルトガル語による機械操作の説明書も備え付けられていませんでした。

3 清掃作業について

鶏卵農場から運ばれてきた卵は、コンベアに乗せられ、機械によって自動的に、洗浄・消毒・乾燥・検査・サイズごとの分類・包装が行われていました。この機械システム全体の起動・停止は、一元的に管理されていました。つまり、洗浄・消毒・乾燥などの上流工程に鶏卵が流れなくなっても、下流工程の包装作業が終了しない限り、工場内の機械全体は動いたままの状態でした。

そして、異動先の工場では、鶏卵の洗浄や乾燥などの上流工程の作業が終了した人から順番に、機械が動いたままの状態で、清掃作業に取り掛かっていました。工場長は、機械が動いたままの状態で作業員が清掃を行っていることを知っていましたが、注意をするなど止めることはありませんでした。

事故が発生した日も、Aさんは上流工程である乾燥機の清掃作業に取り掛かるために、機械が動いたままの状態で、乾燥機のカバーを開けました。乾燥機のカバーを外す際に、カバーを縛るためのゴム紐が、乾燥機を回転させるためのベルトに引っ掛かったので、左手で紐を引っ張ろうとしたところ、Aさんの左手を巻き込まれ、左手中指・薬指を切断するという事故に遭いました。

4 安全配慮義務違反について

労働安全衛生規則107条1項によると、「事業者は、機械のそうじ…を行なうときは、機械の運転を停止しなければならない。」と規定されています。この義務は、行政法規上の義務ではありますが、労働者の生命・身体の安全に直接関わる義務なので、雇用主はこの義務と同様の安全配慮義務を負うはずです。

ところが、雇用主は、機械が動いている状態で掃除をすることを黙認し、作業員に適切な指導を行っていませんでした。また、異動前の工場では停止装置が備え付けられていたのに、異動先の工場には停止装置が設置されていませんでした。

5 事故後の経緯

雇用主の安全配慮義務違反は明白でしたので、Aさんの症状が固定し、  級6号の後遺障害が認定された後に、弁護団は雇用主に対して損害賠償を求めました。しかし、雇用主は賠償に応じる気配がありませんでしたので、労働審判手続の申立てを行いました。

労働審判では、雇用主に安全配慮義務違反を認めつつも、労働者の側にも落ち度が認められるということで、4~5割程度の過失相殺を前提とする解決金を雇用主が支払うという内容の調停が成立しました。

6 事件を振り返って

Aさんは日本語を話すことができませんでしたので、打ち合わせは、日本語を話すことができる夫を交えて行っていました。また、Aさん夫婦は遠方に住んでいたので、普段のやり取りは、夫と電話で行っていました。工場での作業の流れや清掃作業のこと、事故が起きた乾燥機の構造や回転ベルトのことなどを夫から聴き取っていました。ただ、夫は、日常会話レベルの日本語は話すことはできましたが、機械の名称や作業工程、乾燥機の構造などについては、なかなか上手く説明することができませんでしたので、聴き取りには苦労しました。
色々ありましたが、最終的にはAさんも納得ができる金額で調停が成立して一安心しています。

(弁護団 四方久寛 鶴見泰之)