民主法律時報

政治家と常識  《年頭のごあいさつ》

会長 萬井 隆令

「リズム良し 『モリカケ桜クロカワイ』」(たかの紀凛)という川柳が新聞に載っていた。不快な問題を川柳で笑い飛ばすのは良いが、「リズム良し…」では済まされないこともある。

一般の社会人には、とりわけ国の政治の在り方を決める立場にある政治家には常識に従った思考や行動が求められる。「お友達」には国の財産を大幅値引きする(関連作業を強いられた人の遺書の検証は避ける)、大学の設置基準を緩和する、検事長が常習賭け麻雀をしても起訴しない等々、常識的に世間で通用する話ではない。それを押通したのが安倍政権であった。自称:ガースーはそれを継承するという。

安倍氏は逃げ回った挙句、桜を見る会の招待客の選定や予算超過の問題には頬かむりしたまま、前夜祭についてだけ釈明したものの、質問には答えないで逃げている。仮に当初はホテルの領収書、明細書を見ていないとしても、国会で何度か追及されれば、自らホテルに問い合わせるか、当該秘書に確認するのが常識である。今では、腹心の荻生田氏さえそう述べている。その程度の常識を欠く人物が総理大臣であったことは怖しい話だが、確認すると不利になるから「知らなかった」で逃げ切るつもりに違いない。常識を欠くにせよ逃げ切り策にせよ、そのような人物は、首相はおろか国会議員として不適格である。

それを取り繕おうとするから、さらに非常識発言も生まれる。加藤官房長官は、「虚偽答弁」について「固定した定義が国会にあるとは承知していない」と記者会見で述べた。本来、答弁は真実を述べることが当然の前提である。例を具体的に挙げて定義が定められ、閣僚や高級官僚がそれを参考にせねばならないようでは世も末である。

最近の国会審議は加藤官房長官の発言が奇異に感じられないほどである。「一事が万事」、身辺のことを真ともに処理できない人物が国事を適正に扱えるわけがない。イージス・アショアの撤退と艦船搭載への変更を含む5兆を超す莫大な「防衛費」、辺野古基地の造成強行、フクイチの放射能汚染水放流、老朽原発の再稼働、核廃棄物処理、オリンピック開催やカジノの強行、コロナ対策等々、「桜」などは序の口で、いずれも真っ当な政治が行なわれているとは考え難い。

端なくも、Go Toは庶民の消費生活が順調であることこそが国の経済を支えていること、つまり大企業が潤えば労働者・国民にも及ぶというトリクル・ダウン論の破綻を証明することになったように思われる。

全体として、まともな政策、常識的に納得し得る議論を力強く求めねばならない。今年も民法協にかけられる期待は大きい。おおらかに前進を!

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