民主法律時報

年金引下げ違憲訴訟大阪事件 不当判決

弁護士 喜田 崇之

第1 はじめに

2020年7月9日、大阪地裁にて、年金引下げ違憲訴訟(大阪)の判決が下された。内容は、原告の請求をいずれも退ける不当判決であった。

我々は、この裁判で、平成24年法改正によっていわゆる「特例水準」を解消させて合計2.5%もの年金削減処分を行ったこと、平成16年法改正によって導入され平成27年度以降適用が始まったマクロ経済スライド(内容は後述する)が憲法25条1項、同条2項違反、憲法29条1項違反、社会権規約違反、ILO102号条約に違反して無効であると訴えている。

現在、全国の地裁で同様の訴訟が展開されている(ただし、マクロ経済スライド制度そのものの無効を主張する箇所は少ないのが現状である)が、すでに、札幌事件、岐阜事件、奈良事件、兵庫事件等で、同様の不当判決が下されている。

論点は多岐にわたるが、本稿では、主に、皆様にご理解いただきたい、下記の点に絞って、判決の不当性をまとめる。
争点①:マクロ経済スライド制度の合理性及び世代間格差是正論の問題点
争点②:生活保護制度があるがゆえに生存権違反とならないという問題点
争点③:社会権規約違反・ILO102号条約違反の主張に対する裁判所の無理解

第2 争点①について

1 マクロ経済スライドの合理性
マクロ経済スライドとは、社会情勢(現役人口の減少や平均余命の伸び)に合わせて年金の給付水準を自動的に調整する仕組みである。調整とは要するに、削減のことであり、マクロ経済スライドが適用されることによって年金は削減されることになる。

判決は、マクロ経済スライドによる年金削減は「調整(削減)の必要性は、将来の人口、経済動向等に影響を受けるものであって、その動向に応じた調整期間の見直しが必要であると考えられることに加え、5年ごとに行われる財政検証において、調整期間の終了年度の見通しを作成するものとされ、定期的に調整期間の終了年度の見通しを明らかにすることが予定されることに鑑みれば」、「マクロ経済スライド制を導入することが不合理であるということはできない」と述べた。

しかしながら、5年ごとに見直しを行うとか、調整期間の終了の見通しを明らかにすると言っても、今後何十年もマクロ経済スライドが適用され続けることが想定されているのであって、実態として、マクロ経済スライド制度は、年金を削減し続けるだけの制度であるという認識が全く欠けていると言わざるを得ない。また、マクロ経済スライドの適用によって、年金額がどれだけ削減される見通しであり、例えば国民年金しか受給できない人の給付水準がどうなるのか、老後の生活を支えるのに十分な水準が確保できるのか等といった視点が全くない。

2 世代間格差を是正するという目的について
また、判決は、将来世代の給付水準が低下することを回避して、世代間の公平を図り、社会保障である国民年金制度の持続可能性を維持することを目的とすることが不合理であるということはできないなどと述べた。

しかしながら、このままマクロ経済スライドが適用され続けることになれば、まさに将来世代の給付水準が低下することに他ならない。我々は、裁判所のいう「将来世代の給付水準を低下することを回避」するためにマクロ経済スライドを廃止せよと主張していることを全く理解していないと言わざる得ない判決内容となっている。

第3 争点②について

判決は、年金受給世代の生活実態等の検討を行うことなく、生存権は年金制度それ自体でなく生活保護制度を含めた社会保障制度全体で確保すればよいという国の主張を全面的に採用した。

しかし、このような判断が許されるのであれば、年金制度がどうなったとしても(極端な話、年金制度がなくなったとしても)、生活保護制度が残っていれば、年金制度それ自体は生存権違反に問えないということになる。国民年金法1条には、憲法 条2項が言及されており、また立法者意思からも明確であるが、年金制度それ自体、我々の老後生活を支えるに十分なものでなければならないのだが、判決は、こういったことを全く無視している。

第4 争点③について

我々は、本件減額処分は、後退禁止原則を定めた社会権規約9条等に違反する旨を主張してきた。また、現在の年金水準は、ILO102号条約が要求する水準(30年間の保険料支払いにより、従前所得の40%の年金を確保する。)に違反し、マクロ経済スライドはさらにその水準を悪化させるものである旨を主張してきた。

これに対し判決は、結論として、社会権規約9条やILO102号条約の裁判規範性を明確に否定した。

しかしながら、ベルギー等の諸外国ではすでに裁判規範性が肯定されている裁判例があり、日本の裁判所が国際法を十分に理解できていない現状について、国際法学者の意見を持って主張しているが、裁判所が全く聞く耳を持たないというのが現状である。

また、ILO102号条約についても、要するに、「条約は国内的効力を有するものと解される。」としながら、個人の権利を定めていることが明らかではないことを理由に、裁判規範性を有さないということを述べた。

しかしながら、ILO102号条約が、締約国に対し、30年間の保険加入によって従前所得の40%の年金水準を確保することを明確に義務付けており、条約によって国が具体的な数字をもって年金水準を確保することを義務付けられているということは、逆に言えば、国民は当該水準以上の年金を要求する権利があることに他ならない。また、ILO102号条約違反であるのだとすれば、国が当該義務に違反していることは明らかである以上、少なくともILO102号条約に適合しているか否かを審理しなければならないはずである(審理を回避する理由にはならない)。

しかし、裁判所は、ILO102号条約違反に関する我々の詳細な主張や根拠(我々が最も力を入れて、かつ自信をもって主張していた点である)をことごとく無視し、ILO102号条約に違反しているか否かの判断を避けた。

社会権規約違反やILO102号条約違反の主張を裁判所が門前払いにしてしまえば、およそ国際条約違反というものが裁判で問えなくなる。そうなれば、一体何のための国際条約なのか、存在意義そのものが問われることになる。

第5 今後に向けて

判決後、我々は、すぐに控訴を決意した。全国の仲間とともに、控訴審を闘っていく決意である。特に、マクロ経済スライドの問題点をなんとか社会的に(とりわけ現役世代の方々に)認知させる必要があると痛感している。

ご承知のとおり、フランスでは、マクロン政権がフランス国内の42ある年金制度を一本化し、将来的に年金受給年齢を62歳から64歳に引き上げる内容の年金改革を打ち出した。これに反対した労働者を含む国民が怒りを示し、2019年12月には、フランス全土で80万人以上の労働者が抗議デモに参加した。

現役世代労働者が、年金問題を自己の問題としてとらえ、ストライキを打って反対し、高齢者世代と反目することなく、年金改革に反対している姿は、まさに、世代間の分断を乗り越え、その立場を超えて、連帯して理解を示し合いながら年金制度改悪反対で共闘しているといえる。

日本でも、そのような雰囲気を醸成する必要がある。現役世代のために年金を削減すると言われれば現役世代には聞こえがよいが、そうやって継続的な削減を容認することは、将来の自分たちの大幅な年金削減を招くことを意味しているだけである。そのことに多くに現役世代が問題意識を持ち、我々とともに反対の声を上げるようになっていけば、必ず社会や裁判所の雰囲気は変わってくると確信している。

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