民主法律時報

「有償ボランティア」の労働者性とその後の問題 ~堺市の保険医療業務協力従事者(看護師)の事件を通して~

弁護士 大久保 貴則

1 はじめに

「有償ボランティア」という言葉はご存知でしょうか。ボランティアとは、本来「金銭的な対価なく、法的義務付けなく、当人の家庭外の者のために提供される仕事」を行う者とされており、無償であることが前提となっているため、「有償ボランティア」という言葉に違和感を持つ方も多いかと思います。しかし、日本では1980年代から、高齢化社会を背景に、経費や謝礼を支払う「有償ボランティア」が主に高齢者福祉分野で発展してきたとされています。

今回は言葉の違和感については問題にせず、この、ボランティアだが謝礼を支払っているという曖昧な枠組みのために、本来労働者であれば行使できる権利を行使できないという問題が生じ得ることについて報告いたします。

2 有償ボランティアの労働者性

(1) 事案の概要
本件はこの問題について正面から争った事案です。堺市の保険医療業務協力従事者に登録し、市の保健センターが実施している健診業務に看護師として従事している方(以下「相談者」といいます。)が、令和元年3月に有給休暇を請求したところ、堺市は、相談者は「有償ボランティアであって、労働者ではない」として、有給休暇取得を認めませんでした。

しかし、相談者は20年以上勤めてきましたが、「有償ボランティア」という名前を聞いたのはこのときが初めてであり、かつ、その就労実態は、堺市から送られてくる1年間のシフト表に基づいて出勤し、1回の出勤について時間に応じた謝礼が支払われるなど、「ボランティア」とは到底呼べないものでした。

そこで、相談者がこの問題について堺労働基準監督署に申請したところ、令和元年12月27日、同監督署長は、相談者の労働者性を認め、堺市に対し、有給休暇取得を認めるよう是正勧告を出しました。

監督署の調査担当者によれば、前記のような就労実態から、労働者性の主要な判断要素はすべて労働者性を認める方向に認定されたとのことでした。

また、このような「有償ボランティア」の労働者性を扱ったケースがなかったため、監督署だけでは判断を下すことができず、労働局、さらには本省にまで判断を仰いだ結果の是正勧告であるとのことであり、本件は重大な先例的価値を有すると考えています。

(2) 有償ボランティアの労働者性

労働者性が認められるか否かは、言うまでもなく、労基法上定められた様々な権利(有給休暇や残業代等)や労災補償を受けられるかという点に関わる非常に重大な事項です。本件は堺市での事案ですが、他の自治体や企業でも同様に「有償ボランティア」として扱い、労働者としての権利が保障されず、労災保険にも加入されていないケースがあると考えられます。

しかし、一口に「有償ボランティア」と言っても、その働き方は様々であるため、結局は個別具体的な事案ごとに検討せざるを得ず、被害の掘り起こしが必要です。

もっとも、「有償ボランティア」として明確に募集されている場合はともかく、そのような名称での募集等がされておらず、今回の相談者のように、そもそも労働者自身が「有償ボランティア」と扱われていることを認識していない場合もあります。

そのため、単に「有償ボランティア」として働いている方への相談窓口を設けてもすべてを救いきれない可能性があり、周知の仕方等も工夫して掘り起こししていきたいと思います。

3 その後の問題

労働者性が認められたとしても、労働者として新たに契約を締結する際に、使用者が報酬額の減額など実質的な労働条件の切り下げをする恐れもあります。

本件でも、まさしくその恐れが現実化しました。是正勧告の結果、相談者を含む保険医療業務協力従事者(180名ほど)を労働者として扱う必要が生じた堺市は、それらの者を「会計年度任用職員」として公募し、任用した際の給与は従前の6割程度とする予定であることを発表しました。さらには、看護師の公募は正看護師に限り、准看護師(相談者が該当)は対象にしないと説明されています。

特に後者の点は、明らかに監督署に通告した者に対する報復であり、許されるものではありません。

相談者らは、これまで長年堺市の保険医療業務を支えてきましたが、このような人たちの労働条件を守ってこそ市民の健康・安全が守られるというべきであり、前記のような明らかな改悪は必ず阻止しなければなりません。

このように、本件は労働者性をクリアしたその後の問題に発展し、より深刻な問題へと進んでいますが、これからも引き続き闘っていきます。

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