弁護士 兒 玉 修 一
1 はじめに
国立大学法人奈良国立大学機構奈良教育大学附属小学校(以下「附小」という)に勤務する教諭ら3名は、2024年4月1日、同機構から、奈良県下の公立学校への出向を命じられた。
これに対し、教諭ら3名は、今回の出向命令は、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」(労働契約法14条)にはあたらないし、仮にあたるとしても、出向がなされるに至ったのは「不当な支配」(教育基本法16条)にあたることなどから、出向命令権の濫用として無効であるとして、その確認を求め、同年6月12日、同機構を被告として、奈良地方裁判所に提訴するに至った。今回は、その提訴にあたっての報告である。
2 本訴訟の背景、提訴に至る経緯
附小については、この間、毛筆の授業のないことがけしからん、学習指導要領に反した授業をしているなどといった一方的な報道がなされており、今回の出向は、その懲罰、報復であるといった見方をされることもある。
しかし、実際の背景は、もう少し違っている。
直接的な発端は、2023年4月、それまで奈良県教育委員会における職歴が長く、現場経験の乏しい校長が附小に赴任してきたことである。校長は、その「職務権限」(学校教育法37条4項)を盾に「すべての決裁権は校長にあるんや」、「オレは校長やで」などと居丈高に、自らの考えや方針を附小の教員らに押しつけようとしたため、教員らとの間で軋轢を生じ、校務運営は、たちまち行き詰まってしまった。
これを打開するために校長は、古巣である奈良県教育委員会に相談することとなった。ここで持ち出したのが、上記のような、「学習指導要領違反」である。その結果、附小では、この点についての調査がなされることになったのであるが、その情報は、当然、文部科学省の知るところとなり、さらには、自民党の文部科学部会でも議論されることになる。同年秋には、奈良教育大学の学長らが、文部科学省に呼び出されており、ここで、附小の教員らの出向が持ち出されている。その後、同年冬の段階に至っては、同省から「まさかこのメンバーで4月を迎えるのではないでしょうね」と露骨な圧力が加えられている。
しかし、附小及び奈良県教育委員会とも、実は、この段階に至るまで、附小の教員らを、奈良県下の公立学校へ出向させることを真剣に議論していなかった。ところが、文部科学省からの圧力を受け、その枠組みをあわてて構築することになってしまったのである。
本来、機構の職員である附小の教員らを、公立学校に出向させるためには、労働関係を規律する枠組みが両者で大きく異なることから、極めて慎重な検討が必要である。しかし、とにかく「4月1日に附小の教員を出向させた」という形をつくり、文部科学省に報告するために、作業は「突貫工事」で進められた。その結果、附小の教員らから同意を得られないことは勿論、その強引な進め方は、児童やその保護者、さらには附小の卒業生らからも大反対を受けることになった。
3 予想される争点
さて、本訴訟の争点であるが、現時点では、1つ目は、原告となっている教諭ら3名の同意なくして、出向を命じることができないのではないか(出向命令権があるのか)という点である。
この点については、これまでも議論が重ねられているが、労働者の個別の同意がないケースにおいて出向を命じるためには、少なくとも、対象労働者が不利益を蒙ることがないよう、出向中の労働条件・処遇、出向期間、更新手続、復帰手続などが、就業規則や出向規程、労働協約等に明記されることが要求されている。 しかし、今回の場合、突然、出向させることになってしまったので、労働条件の整備が「生煮え」のまま放置されてしまっている点が問題となる。2つ目は、仮に、出向命令権が認められるとしても、そもそも今回の出向については、その必要性がなく、一方で、教育現場への不当な介入に該当するという意味で、権利の濫用として無効ではないかという点である。この点については、今回の出向は、上記のような経緯に照らしたとき、実は、教育基本法16条の「不当な支配」にあたるのではないか、それが濫用を基礎づけるのではないかという、これまであまり議論されてこなった点が問題となる。
4 今後について
ところで、附小における教育実践は、教育界では高く評価され、また、注目されてきた。しかも、上記のような特異な経過をたどったということもあり、教育界における関心は非常に高い。このことを、弁護団もひしひしと感じている。
そもそも、教員の労働をめぐっては、長時間労働をどのように是正していくのかなど問題が山積しているが、附小とてその例外ではない。しかし、今回の出向は、むしろそれ以前の問題である。教育関係の各裁判例に真剣に目を通すのは、実は久しぶりであるが、何とか良い解決に結びつけたい。
(弁護団は、中村和雄、宮尾耕二、畠中孝司、及び当職)