民主法律時報

長時間労働で適応障害、公立高校教諭に対する安全配慮義務違反認める

弁護士 田 中   俊

1 事案の概要・争点

大阪府立高校の教員として勤務していた西本武史さんが、過重な業務により長時間労働を余儀なくされ適応障害を発症したとして、2019年2月に、大阪府に対し、国家賠償法1条1項または債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償として約230万円の支払いを求めて提訴していた件につき、2022年6月28日、大阪地方裁判所第18民事部合議部(横田典子裁判長)において、原告の訴えを全面的に認める判決があった。本件での争点は、校長に安全配慮義務違反は認められるのかであったが、本判決は、西本さんの業務が加重であったことを前提に校長の安全配慮義務違反を認めた。以下詳述する。

2 西本教諭の労働実態

(1) 長時間労働
被告は、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下、「給特法」という)を根拠に、時間外勤務を命じることは、「超勤4項目」(実習、学校行事、職員会議、非常災害などに必要な業務)に限られる。本件では、超勤4項目はなかったし、校長は原告に対し、時間外勤務を命じていなかった。校長は原告の業務について具体的な指示をしたことはなく、原告が自主的に校務に従事していたものである。したがって、原告の労働時間は、労基法上の労働時間と同視できないと主張した。

これに対し、判決は、西本さんの場合、発症前2ヶ月間が概ね1ヶ月当たり120時間程度、本件発症前6ヶ月間の原告の時間外勤務時間について平均して月約100時間程度であり、原告の心身健康を害する程度の強度の心理的負荷であったと評価するのが妥当であると判断した。

(2) 業務の過重性
被告は、この点、原告の業務はそれほど負担の大きいものでなかったと縷々主張したが、判決はこれを認めず、教員歴から見て原告は若手であること、授業及びその準備を熱心に取り組んでいたこと、校内分掌業務として生徒会部に所属し部活の主顧問、副顧問の割り振りに苦労していたこと、担任としての業務、ラグビー部の主顧問、卓球部の副顧問として平日の練習の付き添いや土日の合同練習の指導を熱意を持って行っていたこと、国際交流委員会の主担当としての業務(適応障害発症の頃、生徒を引率してのオーストラリアでの研修の準備に追われ、時間外労働時間もピークに達していた)などの内容を具体的に事実認定し、原告は、客観的にみて、質的にも加重な業務に従事していたものと評価認定した。

3 校長の安全配慮義務

被告は、原告の業務内容は、本来特に過重なものではなく、長時間労働の主な原因は、自ら望んで行った部活指導及び、国際交流委員会での役割分担が効率的でなかったためである、と原告のせいにした。また、本件において、校長は遅くまで働いていた原告に対し、「体調は大丈夫ですか。」「仕事の進み具合はどうですか。」など声かけを頻繁にしており、安全配慮義務は尽くしていたと反論していた。

判決は、校長は、2017年5月中旬頃以降遅くとも同年6月1日までには、原告の長時間労働が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し、あるいは認識、予見すべきであったから、その労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたとした。にもかかわらず、校長は、同年6月1日以降も同月27日には、「適正な労務管理をしてください。あまりにも偏りすぎている。」「このままでは死んでしまう。」「もう限界です。精神も崩壊寸前です。」「つぶれる。」同年7月13日には、「いつか本当に過労死するのではないかと考えると怖いです。体も精神もボロボロです。」同月15日には、「成績も授業も間に合わない。オーストラリアに行く前に死んでしまう。」など追い詰められた精神状態を窺わせるメールを受信しながら、漫然と身体を気遣い休むようになどの声掛けなどをするのみで抜本的な業務負担軽減策を講じなかった結果、原告は本件発症に至ったものと認められるから校長には注意義務(安全配慮義務)違反が認められるとした。

4 本件判決の意義

公立学校の教員の給与について定めた法律として給特法がある。 同法では、 教員の仕事は、自主性、創造性に富んでおり勤務時間の管理が難しいという特殊性を考慮し、休日勤務手当や時間外勤務手当などを支給しない代わりに給料月額の4パーセントを教職調整額として支払うことを定めている。教員が働きすぎて体調を壊しても、この給特法にあるように、教員の仕事は、自主性・自発性・創造性が認められるのであるから、原則として教員の体調管理などは教員自身で自己管理すべきであり、管理職である校長の安全配慮義務は通常の場合と異なって軽減されるというのが被告の主張であった。

これに対し、本判決は、原告の主張を採用し、教育職員である原告の自主性・創造性を尊重すべきことと、当該職員が客観的に心身の健康を害するおそれのある過重な業務に従事して、精神的に追い詰められた様子を示し、労務管理を求めている際にこれに応える義務があることとは別の問題である、として、校長の安全配慮義務違反を認定した。いわば給特法の考え方を安全配慮義務を軽減する免罪符として取り上げなかった。ここに本判決の意義がある。

5 判決の反響

判決の反響は予想以上であった。マスコミも新聞、TV、インターネットで大きく取り上げた。この反響の大きさは、いかに多くの教師が、教育の自主性・創造性という名目で原告と同じように教育の現場で加重な労働を強いられているかを実感させられた。原告自身、実名、顔出しOKで望み、「二度と自分と同じような教員が出て欲しくない、全国の教員に司法という救済の場があることを知ってほしい」とコメントした。

6 被告の控訴断念による判決の確定

判決翌日、吉村大阪府知事は控訴断念を表明するとともに、「原告に謝罪したい。部活動の在り方など教員の負担軽減について教育庁で検討してもらう。」とコメントした。また、弁護団(松丸・江藤・田中)は、これを受けて、「大阪府が控訴を断念したことは、この判決のみならず、教育現場における教員の過重な業務の実態の深刻さを受け止めた上での判断であると考える。本判決を契機に、教育現場での長時間労働、過重な業務の現実が改善されることを切に期待するものである。」との声明を発出した。

7 勝訴の要因
勝因はいくつか挙げられるが、判決前の2022年2月22日、長時間労働、業務の過重による適応障害が公務災害で認定されたことは大きい。また、西本さんの教員の職場環境を変えるという熱意は強く、実名顔出しOKであったことでマスコミが大きく取り上げてくれた。西本さんは最初は校長に対しての個人的な怒りもあったが、最後には、全国の教員の職場環境を変えたいという思いに収斂させていったと思う。彼自身訴訟の中で成長していった。本件訴訟を西本さんの同僚・元同僚など多数の教員が支援協力してくれ、証人になるなど応援してくれた。また、西本さんの本人尋問では、多数の卒業生、教え子たちが詰めかけて法廷に入りきれないほどであった。彼の人柄というほかない。

もともと本件は私のところにきた事件であったが、直感的に松丸弁護士に応援をお願いした。実力と経験に裏打ちされて、適宜適切な指示をだす船頭の存在は大きかった。
これも勝因の一つである。

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