弁護士 足立 敦史
1 はじめに
2019年5月29日、「ハラスメント防止法」(呼称)が成立しました。
同法は、我が国で初めてパワーハラスメントについて法文で規定し、その防止をするための措置を講じる義務を企業に課した点に特徴があります。
同法は、パワハラを、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること」と定義しています(第 条の2第1項)。
この定義は、実はこれまでの厚生労働省のパワハラの定義をほぼそのまま焼き直したもので抽象的であるため、同法がパワハラ規制として機能するかは、同法の解釈「指針」の内容次第になります。この点、パワハラ防止法には衆参両議院の附帯決議があり、パワハラ行為自体を禁止するILO条約への批准も目指された良いものでした。そこで、「指針」もパワハラ規制を進めるものになることが期待され、注目されていました。
2 パワハラ指針素案の内容と問題点
ところが、どうでしょう。2019年10月21日に労政審に指針素案が出されましたが、その内容はこれまでの厚生労働省のパワハラ規制をむしろ後退させるもので、パワハラ規制を弱めるものでした。例えば、これまで「優越的」(優位性)とは、職務上の地位に限らず、人間関係や専門知識など様々な優位性が含まれて広く解釈されてきました。しかし、指針素案では、「当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの」と解釈されており、大きな力の差が要求されています。被害者が少しでも反論等していれば、使用者に「拒絶できたじゃないか」との言い訳の余地を与えて、パワハラ規制を弱める結果となっているのです。
また、指針素案は、事案によっては十分パワハラに当たりうる例を「パワハラに該当しないと考えられる例」として明記しています。例えば、「経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせること」がパワハラに当たらないと考えられるとされています。しかし、これは、これまで違法な降格・配転事件、追い出し部屋事件等が、「経営上の理由」から「一時的な」解雇回避措置でありやむを得ないと言い訳されてきたことを正当化しかねないものです。事案に応じてパワハラに当たり得る例を「該当しないと考えらえる」と明示することは、職場でのパワハラをむしろ促進してしまうことにもなりかねません。パワハラに該当しないと考えられる例は、全て削除されるべきものです。
指針素案の問題点は、詳しくは民法協のホームページに声明が出ていますのでご確認いただき、問題点を共有いただければと思います。
(http://www.minpokyo.org/release/2019/11/6715/)
3 おわりに
このパワハラ指針素案は、パブリックコメント手続に付されています。指針素案に対する国民の意見を考慮させる手続保障が図られているわけです。パブコメの締切は2019年 月 日までです。時間がないですが、民法協の声明をひな形にして、各団体は可能な限りパブコメを出し、問題だらけの指針素案を修正させましょう。