民主法律時報

ひげ裁判・勝訴判決確定のご報告

弁護士 井上 将宏

1 はじめに

民主法律時報2016年4月号にて提訴報告を、その後2019年3月号にて第1審勝訴判決獲得のご報告をさせていただきました『大阪市地下鉄運転士のひげ裁判』ですが、2019年9月6日、大阪高等裁判所でも再び勝訴判決を獲得し、大阪市の上告断念により、ひげを理由に人事評価を低評価とする大阪市の行為を違法と断ずる判決が確定いたしました。
本稿では、控訴審判決の内容と評価に重点を置いてご報告いたします。

2 控訴審判決の内容

大阪高裁第3民事部(江口とし子裁判長)は、大要以下のとおり述べて、大阪市の控訴を棄却するとともに、一審原告らの附帯控訴についても棄却する判決を言渡しました。

(1) 勤勉手当の差額請求及び差額相当額の損害金について
大阪市の人事考課制度における相対評価の仕組みからすれば、一審原告らについて絶対評価で3点が付与されたとしても、それにより直ちに、相対評価で第3区分にされていたと認めることはできないとした。

(2) 本件身だしなみ基準制定の違法性について
本件身だしなみ基準は、職務上の命令として一切のひげを禁止しているものとまでは認められず、交通局の乗客サービスの理念を示し、職員の任意の協力を求める趣旨のものであるとして、本件身だしなみ基準の制定それ自体が違法とまではいえないとした。

(3) 上司らの指導等の違法性及び各人事考課の違法性について
上司らの指導等の違法性については、一部の上司の指導等の違法性のみを認めるにとどまり、本件各人事考課の違法性については、一審原告らがひげを生やしていることを主たる減点評価の事情として考慮したものであり、国賠法上違法であるとした。

(4) 損害の有無及び額について
1人当たり20万円の慰謝料を認めるにとどまり、一審原告のひとりが、心理的圧迫を受け続けたことにより身体症状が悪化したという点については、本件人事考課等に起因するものというより、原判決言渡し後の周囲の反応等が寄与したものであるとして、損害の発生を認めなかった。

3 控訴審判決の評価

上記のとおり、控訴審判決は、原審判決の判断を踏襲したものであり、その評価についても、基本的にはこれまで述べてきたこととと変わるところはありません。ただし、控訴審判決は、「本件身だしなみ基準におけるひげに関する規定を、交通局の乗客サービスの理念を示し、職員の任意の協力を求める趣旨のものとみる限り、ひげを生やしていいることを直ちにルール違反、ルール無視というのは当たらない。」という一文を付加しています。この点をどのように理解するかによって、控訴審判決の評価は違ってくるのではないでしょうか。一審判決の言渡し後、大阪市の吉村市長(当時)が「ルールが適法なのに、適法なルールーに基づいて処分したら違法になるのはおかしい」という趣旨の発言を行ったり、大阪市がホームページ上で「市民の声」(「ルール違反をしても処分されないのはおかしい」という類の意見)を公開して、一審原告らに対する人事考課の正当性や判決の不当性を広くアピールするような動きがありました。上記吉村氏の主張は、本件身だしなみ基準のひげに関する規定が職員に任意の協力を求める趣旨のものである限りにおいて適法であるとされたものであることを看過し、「任意の協力」に応じない職員を処分してもよいと言っているに等しいもので、原審判決の内容を正しく理解したものでないことは明らかでした。また、上記の「市民の声」についても、職務命令や服務規律に違反することと、任意の協力に応じないこととを混同するものであり、やはり判決を正しく理解したものとはいえません。

控訴審判決は、上記の一文を加えることにより、現に誤った判決の理解が拡散し、原告らが職場で働きにくいと感じたり、周囲の目や評価が気になって、身体症状を悪化させるような事態に歯止めをかけようとしたのかもしれません。

このように理解すれば、本件控訴審判決は、今後も同様の職場で働き続ける一審原告らに対し一定の配慮をみせたものともいえ、原審判決よりも積極的な意義を見出すことができるのではないでしょうか。

4 最後に

控訴審における和解勧告後の裁判所の対応及び判決の内容に照らしてみると、弁護団としては、一審原告らの置かれた状況についてそれなりに理解を示した上で、精神的苦痛から解放された職場環境作りに裁判所が一定程度尽力してくれたものと受け止めています。ただ、それだけに原審判決よりも踏み込んだ判断とならなかったことは残念でなりません。

とはいえ、本件控訴審判決が、労働者の市民的自由を抑圧し過ぎる職場環境を許さなかったことは事実ですので、その点を今後の活動に活かしていきたいと思います。

(弁護団は村田浩治、谷真介、井上将宏)

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