民主法律時報

労働者派遣法改正の動きについて

弁護士 河 村   学

1 はじめに
 2013年8月20日付で発表された「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」(以下「報告書」という)を受け、現在、労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会において、労働者派遣法を改正する議論が進められている。厚労省は、年内には議論をまとめ、来年の通常国会には法案を提出する予定である。
 この動きは、「ワーキングプア」「派遣村」などが社会問題化した2005年頃からの世論と運動の成果をご破算にし、労働者の置かれた状況はむしろより深刻化しているにもかかわらず、さらなる困窮を押しつけるものである。
   
2 報告書の内容
(1)   今回の報告書の主眼は、派遣先の受入期間制限を緩和するという点にある。どのように緩和するのか。結論を大雑把にいうと、派遣労働を①無期雇用派遣(派遣元と期間の定めのない労働契約を締結している者の派遣)と②有期雇用派遣に分け、①については受入期間の制限なし、②については派遣労働者個人レベルで3年、派遣先レベルでも3年の受入期間制限を設けるというものである。
 最後がわかりにくいが、ある派遣労働者が同じ「業務・組織」で働けるのは3年までとし、人を入れ替えたとしても同じ「業務・組織」で派遣労働者を受け入れられるのは3年までにするということである。前者の上限に達した場合には、派遣元にその派遣労働者の雇用安定を図る措置が求められている。後者の上限についは、労使協議によりこの期間を延長できるとされている。

(2)   このように書いてもよく判らないと言われそうだが、「派遣先がどのように派遣労働者を使えるようになるか」を考えれば、報告書の示す方向性は見えてくる。
 まず、無期派遣労働の場合、派遣先は原則的にどのような業務についても、いつまででも派遣労働を受け入れることができる。しかも特定の業務に縛られることなく直用の労働者と同様に働かせることができる。もちろん派遣労働が不要になればいつでも受け入れを辞めることができる(派遣元との契約による)。派遣先は派遣労働者の雇用について何らの責任も負わない。
 有期雇用派遣の場合は、受入期間に制限がある点が異なるだけで、その他は無期雇用派遣の場合に書いたことと同じである。しかも受入制限といっても、「業務・組織」については、部署を変えれば制限はかからないし、労使協議を行えば期間を延長することもできる。また、派遣先は、雇用に関して責任を負わないことが前提となる。
 つまり、派遣先はほとんど自由に派遣労働者を受け入れ、いらなくなれば自由に派遣労働者を放逐することができる制度となってしまうのである。

(3)   報告書は、この制度変更を派遣労働者の保護のためと述べている。では、派遣先が派遣労働者を自由に使い捨てにできる制度が、どうして派遣労働者のためになるというのか、そのからくりを見てみよう。

3 報告書のからくり
(1)   報告書は、まず第一に、派遣労働者の保護が図られる理由として、派遣元が無期雇用をすれば労働者の雇用の安定につながるし、有期雇用でも3年以上同じ派遣先の同じ「業務・組織」で働いている場合には、派遣元が雇用安定措置をとることになるので、使い捨てにはならないとする。
 しかし、報告書は、派遣元は、派遣先が存在しなければ派遣労働者を雇用し続けることはできないという労働者派遣制度の本質を隠している。無期雇用であろうが、派遣元が雇用安定措置をとろうが、派遣先が就業を受け入れなければ労働者の雇用はそれで終わりなのである。
 派遣先が受け入れ続けるのなら、受入期間を制限するより雇用は安定するのでは?、と思う方もおられるかも知れない。しかし、制限を超える労働者の受け入れが必要なら、その労働者は派遣先が直接雇うべきというのが現行派遣法の基本的な考え方である。言い換えれば、派遣先の自由で、いつでも、どんな理由でも労働者を放逐できる制度より、派遣先がきっちり雇用責任を果たす制度の方が労働者の保護に資するという考え方である。報告書の内容が、労働者の保護を後退させることは明らかである。

(2)   報告書は、第二に、こうした本質を隠すために、派遣先が直接雇うべきという考え方(派遣労働に置き換えてはいけないという考え方。これを「常用代替の禁止」という)を、派遣先にいる正社員を保護する考え方であるとし、派遣労働者の保護には反するという趣旨を述べている。
 しかし、これは詭弁である。常用代替の禁止とは、現に存在する正社員を派遣労働者の身分に置き換えることを禁ずるのではなく、恒常的・一般的な業務は、派遣先が直接雇う労働者という立場で従事させるべきなので、派遣労働者という立場で従事させることを禁ずるいう趣旨である。すなわち、現にいる正社員を保護する考え方ではなく、派遣労働者を出来る限り正社員にしよう(そうでなくても派遣先が雇用責任をもつ直用社員にしよう)という趣旨である。
 報告書の内容は、詭弁を弄さなければ理由らしい理由が提示できないほど支離滅裂なものになっている(これは報告書の随所に現れている)。

(3)   報告書は、第三に、こうしたおかしさを自ら自覚して、何でもかんでも理由に加える。例えば、わかりやすさの点で現行制度より勝っている、派遣労働を望む労働者がいる、雇用が安定している派遣労働者に制限をかけるのは不当、などなどである。
 しかしながら、まず、制度のわかりやすさは、理由にはならない。特に、労働者の保護のために設けた制度をわかりにくいといって切り捨てるのは、論理もなにもない単なる横暴である。
 次に、派遣労働を望む労働者なるものは虚像にすぎない。勤務先・勤務地・勤務内容・勤務時間を決めるのは派遣先であり労働者はこれに応募することしかできない。しかも、派遣労働の場合は就業できたとしても、前述のような使い捨ての現実が待っている。本当のことを知っていれば、直接雇用と派遣が用意されているときに、誰も派遣を選ぼうとは思わないのである。
 さらに、雇用が安定している実例として報告書が挙げているのは、正社員気分で働き、年功序列的な賃金を受け取っており、正社員並に教育訓練を受け、定年まで勤務する派遣労働者がいる、というものである。このような実例がどこにあるのかと思うが、もしそのような労働者がいるのであれば、それこそ派遣労働である必要はなく、また、このような労働者がいるからといって、大多数の労働者のための規制を緩和する理由にはならない。
     
4 おわりに
 報告書が改正を求める本当の理由は、自ら指摘するとおり、労働者派遣制度に「労働力の迅速・的確な需給調整という重要な役割」を担わせることにある。必要なときに、必要な能力を、必要な量だけ、という労働者の「カンバン方式」の実現である。
 このような世にも恐ろしい報告書だが、規制改革会議などはさらなる規制緩和を要求している。また、雇用に関する国家戦略特区の構想や、有期労働規制に関する労働契約法改正の動きなど規制緩和の圧力は留まることを知らない。
 さまざまな社会問題・運動の根幹として、労働問題を捉えるべきである。

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