民主法律時報

大阪市交通局『ひげ裁判』のご報告

弁護士 井上 将宏

第1 はじめに

以前、提訴報告をさせて頂きました大阪市交通局『ひげ裁判』ですが、このたび一審の大阪地裁で勝訴判決を得ました。

この裁判では、地下鉄の運転士に対して、ひげを一律に禁止することとした大阪市交通局(当時)における職員の身だしなみ基準の是非を通じて、本来的に個人の自由に属する行為を一律全面的に禁止する職場内ルールの必要性・合理性が問われてきました。

本件は、2019年1月30日付で大阪市が控訴したこともあり、以下では、一審判決の問題点にも触れつつ簡単にご報告させて頂きます。

第2 本件判決の意義と問題点

1 本判決の意義
(1) 2019年1月16日、大阪地裁第5民事部(内藤裕之裁判長)は、①原告らが「お客様に快い印象を与えるものでないひげ(=無精ひげ、奇異・奇抜なひげ)の状態であった」、②原告らにはひげ以外にも減点評価されるべき事情があり、ひげだけを理由に減点評価したわけではない、等といった被告の主張を排斥し、大要以下のように述べて、被告に対し、各22万円の支払いを認める原告勝訴の判決を言渡しました。

 「ひげを生やすか否か、ひげを生やすとしてどの様な形状のものとするかは、服装や髪型等と同様に、個人が自己の外観をいかに表現するかという個人的自由に属する事柄である」から、「地下鉄運転士に対して、職務上の命令として、その形状を問わず一切のひげを禁止するとか、単にひげを生やしていることをもって、人事上の不利益処分の対象とすることは、服務規律として合理的な限度を超えるものといわざるを得ない」。

 本件基準には「整えられた髭も不可」という明確な記載が存在し、通達にも人事考課への反映を行う旨の記載があること、原告らの上司(当時)である乗務所長はひげを生やしていることを理由に2つの評価項目で低評価とした旨述べていること等の事実を認定して、「原告らがひげを生やしていたことを主要な事情として考慮して、この点を原告らに不利益に評価したものであると認めるのが相当である」。

 仮に原告らが無精ひげを生やしていたのであれば、乗務開始前の点呼の際等にひげを整えるよう指導したり、勤務自体を停止させたりすることも可能であるところ、被告がそのような対応をしたとする証拠は認められないことから、「原告らが、市民・乗客に快い印象を与えるものでない無精ひげの状態で勤務していたと認める」ことはできない。

 本件身だしなみ基準の趣旨目的、ひげを生やすか否かは個人的自由に関する事項であることに鑑み「本件各考課の内容については、原告らの人格的な利益を侵害するものであり、適正かつ公平に人事評価を受けることができなかったものであって、国賠法上違法である」。

(2)
 本判決は、労働者の市民的自由が抑圧されている現在の社会情勢や職場環境の中で、職場における労働者の市民的自由(本件では労働者の人格的利益)に対する過度の制約が違法となるということについて、あらためて確認した点に意義があります。

2 本判決の問題点
本判決には、①勤勉手当の差額請求を認めなかった点、②本件基準自体の合理性を認めた点、③特に理由も述べないまま、本件基準は「職員の任意のお願いを求める趣旨のものである」と認定し、本件基準の制定自体の違法性を否定した点等、幾つか重大な問題点もあり、控訴審ではこれらの判示部分を徹底的に批判し、認定を覆せるよう争っていかなければなりません。

第3 終わりに

本件原告らは、提訴から約3年間、職場内にありながらこの裁判を闘い続けてきました。その点には純粋に敬意を表したいと思います。

また、一審判決には問題点も多くありましたが、原告らとしては、大阪市が誤りを認めて控訴を断念するのであれば、こちらからはあえて控訴せずに、判決を早期に確定させた上で現場で活用する方途を模索するということも検討していました。しかしながら、大阪市は控訴という挙に出ましたので、この機会に一審判決の問題点を問い直していく所存です。

(弁護団は村田浩治、谷真介及び井上の3名)

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