マイグラント研究会設立10周年にあたって

2017年04月15日

マイグラント研究会代表・弁護士 田中 俊

1 はじめに
この3月でマイグラント研究会(俗称「マイグラ研」)が結成10周年を迎えた。創設に関わってきた者として創設期を振り返り、今後の抱負を述べたい。

2 結成前夜

マイグラント研究会は、2007年2月、雄琴温泉の琵琶湖グランドホテルで行われた権利討論集会の分科会(外国人労働者問題)に参加した弁護士達を中心に結成された。民法協の権利討論集会の過去の歴史を紐解いても、おそらく、外国人労働者問題をテーマに議論がなされたのは、この時が初めてだったと思う。

当時、法務省は、第3次出入国管理基本計画を策定し、人口減少時代に対応すべく、専門的、技術的分野に限定はしていたものの、①外国人労働者の受入の推進、②留学生、就学生の適正な受入、③研修・技能実習生制度の適正化といったことを課題に挙げていた。とりわけ、研修生・技能実習生の失踪、不法残留が話題になり、雇用主が研修生・技能実習生のパスポートを取り上げて逃げられないようにした上で過酷な労働環境の中で長時間働かせる一方、研修生手当・賃金が全額支払われないこと等が社会問題化していた時期であった。他団体である労働者弁護団の中には外国人問題を扱う部会があったのにかかわらず、民法協には、外国人の労働問題を扱う部会は存在せず、また、民法協に加盟している労働組合も労働運動において外国人労働問題をきちんと位置付けているとは言い難く外国人労働者への支援は十分ではなかった。これは、低賃金の外国人労働者の増加は日本人労働者の労働の場を奪うのではないかという誤った考え方やとても外国人にまでは手が回らないといった事情があったのかもしれない。

また、個人的には、当時、民法協で岩城穣事務局長のもとで事務局次長を務めていたが、自分に何ができるだろうと考えていた時期でもあった。
そんな折、2007年権利討論集会の第5分科会で外国人問題が話し合われたのである。RINK(すべての外国人労働者とその家族の人権を守る関西ネットワーク)の代表理事である丹羽雅雄弁護士、RINK事務局長の早崎直美さん、首都圏移住労働者ユニオンの川崎俊二さん、外国人の労働者問題を研究されてきた労働法学者である村下博教授(大阪経済法科大学)らが参加し、労働組合、RINKからの報告、村下教授、丹羽弁護士の基調報告が行われ、その後、パネルディスカッションが行われた。

参加者は、20名もいなかったように記憶しているが、弁護士では、大江橋法律事務所の茂木鉄平、労働者弁護団に所属している大橋さゆり、現在のマイグラ研事務局長の四方久寛、大阪弁護士会人権擁護委員会国際人権部会の部会長である原啓一郎、在日コリアンのいじめを許さない若手弁護士の会から國本依伸、中森俊久ら党派を超えた幅広い人が参加した。ただし、労働組合からの参加は残念ながら少なかった。
ともあれ、マイグラント研究会は、RINKや労働者弁護団からの協力も受けて、2007年の権利討論集会の第5分科会を企画したメンバーを中心に結成された。

3 マイグラント研究会結成

2007年3月 日、マイグラント研究会の第1回例会が、私の事務所にて開かれた。参加者は、村下教授、中森、原、四方、田中の5名。まず、会の名前と基本方針を決めた。会の名称は、マイグラント研究会、マイグラント=Migrantとは、移住者、移住労働者のことである。外国人の労働問題に特化し、在留資格の問題は基本的に扱わないということで、この名前に決まった。略してマイグラ研というのも呼びやすい。会の基本方針としては、①移住労働者に関わる具体的事件を扱うこと、②移住労働者問題での研究活動を行うこと、③相談活動を行うこと、また、党派の枠にこだわらず関連諸団体とも連携して活動を行うことが確認された。
そして、体制として、言い出しっぺの田中俊が代表、四方久寛が事務局長、村下教授が会の顧問に就任することが決まった。

4 その後のマイグラント研究会

その後のマイグラ研は順調に活動している。弁護士、学者、大学院生、労働組合員、一般市民、マスコミ関係者らが参加して活動するようになった。活動内容は、民法協 周年記念誌の中で四方事務局長の「マイグラント研究会の活動」に詳しい報告が記載されているので、四方君の論稿に譲る。四方事務局長が進行役で行われる、月に一度の例会(民法協事務所で)では、事件報告、在留資格等外国人事件処理に不可欠な知識の勉強会が行われている。現在、マイグラ研には、名古屋にも相談窓口があり、いろんな方面から相談が来ており、中堅、若手弁護士が事件を処理している。事務局もできた。外国語に対応する通訳人も確保できる体制をとっている。順風満帆である。ここまで、順調にマイグラ研が発展できた要因として、四方事務局長の存在は大きい。彼のマイグラ研にかける情熱と活躍がなければ、現在のマイグラ研はありえなかった。最大の功労者であろう。

ただ惜しむらくは、マイグラ研の立ち上げに深く関わり、理論的にもいろんな視点から助言してくださった、もう一人の功労者である村下教授が、2009年4月19日に急逝されたことである。村下教授の逝去によりマイグラ研は理論的支柱を失うことになった。マイグラ研結成後わずか2年のことであった。マイグラ研にとっては大きな痛手であった。村下教授は、亡くなる直前に、「外国人労働者受け入れ試論(二・完)」(大阪経済法科大学論集第 号・2007年3月)「「研修」制度の廃止を提言する―チープレイバーの悪用たる「研修」制度―」(大阪経済法科大学論集第 号・2008年3月)等の遺稿を残された。村下教授自身言っておられたが、彼は労働法学者の中では主流でなく異端児的存在であった。サダム・フセンイン似の精悍な風貌で、豪放磊落、その反面、我々歳下の弁護士らには、やさしさと思いやりがある魅力的な方だった。村下教授には、現在の盛況なマイグラ研の活動を是非見ていただきたかった。

5 今後のマイグラント研究会

個々の事件処理が活発に行われているのは良いことだが、外国人問題、外国人の労働問題について、会として政策を提言する段階までには未だ至っていないように思える。これは、村下教授が急逝されたことにも起因するが、今後、理論的にリードする研究者、弁護士の存在が期待される。

また、最近は、一般市民の参加が減ってきたように思う、事件処理中心になり、研究会の中味も実践的専門的なものが多く、一般市民が参加しにくくなっているような気がする。市民参加型の研究会にする必要がある。また、組合員の参加が少ない状況は大きくは変わっていないことも問題である。その後も何度か権利討論集会の分科会をマイグラ研が主宰して外国人労働問題を扱ったが、労働組合からの参加者は多くはなかった。

今後も日本在住の外国人は増えて行くであろうし、労働だけでなく、社会保障、家族関係、教育いろんな分野で外国人の問題が増えていくことは間違いない。そんな状況下で、外国人が依然として管理の対象としてしか扱われていないことは最大の問題である、外国人を日本人同様、人権の享有主体として捉え、労働をはじめ様々な分野で外国人の権利を保障する外国人基本法の制定が望まれるところである。そのような中で、マイグラ研の存在意義と役割は、ますます大きくなっていくことは間違いない。さらなる発展めざして頑張りたい。

         ——————————————————————————————————————————————–

マイグラント研究会事務局長・弁護士 四方 久寛

 マイグラント研究会は、2007年3月の設立以来、外国人労働者問題の研究と、外国人労働者の法的支援の活動を続けてきましたが、この3月で設立10周年を迎えました。

研究会発足当初は、研究会のメンバー自身が外国人労働者がどのような問題を抱えているかあまり理解できておらず、一から勉強するところからスタートしましたが、その後、活動を通じて問題への理解を深めるとともに、外国人労働者への支援体制を整えてきました。

現在では、大阪と名古屋に常設の電話相談窓口を設置しており、相談電話があれば、相談者の連絡先を確認して通訳人から折り返す方法で、日本語の他、中国語、ポルトガル語、スペイン語、ベトナム語、タガログ語、英語に対応できるようになっています。

普段の活動に参加するメンバーの数も最近2年間で急速に増え、研究会の運営にあたる事務局体制も整えました。メンバーは、民法協の枠を超えて広がり(むしろ非会員が多数)、さまざまな弁護士、労働組合関係者、外国人支援団体との協力が進んでいます。

3月13日に行われた定例研究会では、設立10周年を記念して、関西華文時報の発行責任者の黒瀬道子氏をお招きして、在日中国人社会の現状についてご講演をいただきました。関西華文時報は、在日中国人コミュニティ向けに発行されている新聞(中国語と日本語が併用されています)で、マイグラント研究会設立後間もない頃から、研究会の法律解説記事を掲載していただいたり、電話相談活動の広報にご協力いただいたりしてきました。

講演では、日常的に中国人の方々と接している黒瀬氏のご経験に基づき、在日中国人の来日の動機が日本で定住することから日本に基盤を置きながら自由に往来することに変化していることや、在日中国人のコミュニティが同郷団体などからSNSを介したものなどへ多様化していること、中国人の方々とうまくコミュニケーションをとる方法などについてお話しいただきました。

一時ほどの勢いではないにせよ、依然として増加傾向にある中国人労働者とどのように接していくべきかを考えるうえで、黒瀬氏の講演は非常に示唆に富んだものでした。

日本の外国人労働者を取り巻く環境は、今、目まぐるしく変化しつつあります。

制度面では、国家戦略特区への外国人家事支援人材の受入れ、技能実習法の制定、介護分野への技能実習生の受け入れ、建設分野への外国人労働者の受け入れ拡大など、かつてない勢いで、外国人労働者の受け入れが広がっています。また、外国人労働者の出身国をみると、これまで多数を占めていた中国からの労働者の増加が鈍化し、ブラジルからの労働者が減少に転じ、他方、フィリピン、ベトナムからの労働者が急速に増加しています。

研究会では、こうした変化に対応するべく、今後も、外国人労働者をめぐる問題や政策の研究、在日外国人コミュニティとの交流、外国人労働者向け法律相談といった活動をさらに活発に行っていきたいと考えています。
民法協会員の弁護士、労働組合関係者の皆様にも、研究会の活動に積極的にご参加いただければ幸いです。

(追記)
マイグラント研究会の定例研究会は、概ね毎月第2月曜日午後7時から、民法協事務所にて行っております。2017年4月以降は、毎回、研究会メンバーの報告の他、研究者をお招きして、それぞれが研究しておられる外国人労働者についてご報告をいただくことになっています。民法協会員の皆様も、ぜひご参加ください。