「緊急事態条項」にご注意!

2016年03月01日

弁護士 諸富  健

 みなさん、「緊急事態条項」って聞いたことがありますか? 現行憲法にはない規定ですが、政府与党は、災害やテロを口実にしてこの条項を新設する憲法改正を目論んでいます。災害やテロの備えとして必要なのではと考えているそこのあなた、だまされてはいけません。「緊急事態条項」には猛毒が含まれているのです。

2012年に発表された自民党改憲草案の中に、「緊急事態条項」が含まれています。これによると、外部からの武力攻撃や大規模な自然災害などが発生すると、内閣総理大臣が緊急事態の宣言を発することができます。すると、内閣は法律と同じ効力を持つ政令を定めることができるようになります。これはつまり、法をつくる人と動かす人が同一になることを意味します。これでは、基本的人権が侵害されないよう権力分立の仕組みを採用した憲法の大原則が根底からくつがえされることになります。まさに、戦前の戒厳令に等しい代物なのです。1923年に関東大震災が発生したときに戒厳令が発せられましたが、悪質なデマが流布され、外国人や思想家が弾圧されました。このように、「緊急事態条項」は内閣の一存で基本的人権を著しく侵害することを可能にするもので、立憲主義の考え方とも相容れないものというべきです。

そもそも、災害対策については災害対策基本法や災害救助法といった法律がすでに制定されていますし、テロ対策についても警察官職務執行法や自衛隊法で十分カバーできます。災害やテロに備えるためには、予め各法律に基づいた準備をしておくことが何よりも肝要で、緊急事態が発生してから内閣があたふた動いたところでかえって現場の混乱を招くだけです。そうしたことから、震災を経験した岩手、宮城、福島、新潟、兵庫をはじめとして各地の弁護士会が、「緊急事態条項は災害対策にとって不要であるだけでなく有害だ」として反対する会長声明をあげています。

また、衆院選と災害が重なった場合に政治空白が生じることも、「緊急事態条項」を新設する理由に挙げられていますが、そうした場合に備えて、現行憲法は参議院の緊急集会を開催することができる規定を設けているのです。こんな些細な理由で猛毒を飲まされてはたまったものではありません。

現行憲法制定時の審議において、当時の憲法担当大臣は次のように述べています。
「緊急勅令及び財政上の緊急処分は行政当局者にとりましては実に調法なものであります。しかしながら(略)国民の意思をある期間有力に無視しうる制度である(略)。だから便利を尊ぶかあるいは民主政治の根本の原則を尊重するか、こういう分かれ目になるのであります」
こうした議論を経て、現行憲法は「緊急事態条項」を定めませんでした。「便利」よりも「民主政治の根本の原則」を選んだのです。もし、「緊急事態条項」が新設されることになれば、「民主政治の根本の原則」が破壊され、政府にとって実に「便利」な道具として使われることは間違いありません。独裁政治の始まりです。

夏の参院選(場合によっては、同日選挙がささやかれている衆院選)は、明文改憲への道が開かれるかどうかの天王山の闘いとなります。是非とも、「緊急事態条項」の恐ろしさをできるだけ多くの人に伝えていただきますようお願いします。


《 参考 》自民党・日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)より
第九章 緊急事態
(緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。