意見書

民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理に対する意見(第45 賃貸借に関する意見)

2011年07月28日

民主法律協会 
会長 萬井隆令

  当会は、大阪府を中心として、弁護士、法学者、労働組合及び市民団体らによって構成される団体である。当会は、借家人の権利を擁護する立場から、「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」のうち「第45 賃貸借」について、もっぱら住宅の賃貸借契約に関し、意見を述べる。

<「3 賃貸借と第三者との関係」・「(2) 目的不動産の所有権が移転した場合の賃貸借の帰すう」>

 賃貸借の目的たる不動産の所有権が移転した場合、賃借人が不動産賃借権の対抗要件を備えている場合には、賃借人の承諾がなくても、賃貸借契約関係は新所有者に当然に承継されるとの判例法理を明文化することに格別の異論はないが、その際、賃借人としては、新所有者が対抗要件たる登記を具備したかどうかについて格段の関心を有しているわけではないことに鑑み、二重払いの危険を賃借人が負担することのないよう、賃借人が賃貸人の地位が移転したことを知らないで旧所有者に賃料を支払ったときは、そのことを新所有者に対抗できることとする旨の特則を設けるべきである。

<「3 賃貸借と第三者との関係」・「(3) 敷金返還債務の承継」>

 賃貸借の目的たる不動産の所有権の移転に伴い賃貸人たる地位が新所有者に移転する場合、賃借人が差し入れていた敷金は、旧所有者のもとで発生した滞納賃料等の債務に控除された部分を除き、新所有者に当然に承継されるとの判例法理を明文化することに格別の異論はないが、当該賃貸人たる地位の移転が賃借人の承諾を得ないでなされた場合には、賃借人が新所有者の無資力の危険を負担することのないよう、旧所有者も敷金返還義務を免れないとすべきである。このように解することは、債権者の同意を得ない債務引受は免責的効力がなく、併存的債務引受と解されていることから当然のことであるから、旧所有者に不測の損害を与えるおそれはない。

<「4 賃貸人の義務」・「(1) 賃貸人の修繕義務」>

 賃借人は、賃貸借の目的物が修繕を要する場合に賃貸人に通知する義務(民法615条)が規定されているが、通知義務の違反の効果を明記することには反対である。
 そもそも修繕請求は権利であって義務ではないのであるから、通知を怠ったことによって賃借人が債務不履行責任を問われるのは不合理である。修繕を要する場合かどうかの判断が賃借人には困難なことも多く、一律に通知義務を要求することに合理性はない。また、実務上、原状回復トラブルに関連して、賃貸人側から、自然損耗であるのに、これを通知しなかったことを理由に損害賠償請求(返還すべき敷金の減額)を主張する口実にも利用されている。加えて、通知義務違反がもっとも問題になるのは結露、カビであるが、冷蔵庫の裏側で発生するなど、通常の用法により使用していても、「修繕を要」する状態にあることを知り得ず、退去時に判明することもあるのであるから、通知義務を要求することが酷な場合も少なくない。
 以上のことから、民法615条は削除すべきであるか、少なくとも、通知義務が発生するのは、客観的に「修繕を要」する状態にあることが明らかであって、そのことを賃借人が知っていた場合に限定すべきである。

<「4 賃貸人の権利」・「(2) 賃貸物の修繕に関する賃借人の権利」>

 賃貸住宅標準契約書8条3項にならい、いわゆる小修繕(電球の交換や障子紙の張替など安価かつ簡易にできる修繕)については、賃借人が賃貸人の許可を得ないで行うことができることを明記することも検討に値する。なお、最高裁昭和43年1月25日第一小法廷判決は、「大小修繕は賃借人がする」と契約書に記載されているとしても、積極的に賃借人が修繕義務を負うものではないと解していることに留意すべきである。

<「5 賃借人の義務」・「(2) 目的物の一部が利用できない場合の賃料の減額等」>

 民法611条にいう「滅失」について、目的物の機能が失われたことに着目した文言を用いることについて、賛成である。
 東日本大震災においても、建物の損壊は免れたものの、ライフラインが途絶したり、放射性物質の影響により、賃貸借の目的物たる住宅を住居として使用することが困難になった場合は、使用できなくなった期間に応じた賃料の減額や、住居として使用するという目的が達成できなくなったものとして解除権を付与することが適切であるとみられるケースが散見されたところである。

<「6 賃借権の譲渡及び転貸」・「(2) 適法な転貸借がされた場合の賃貸人と転借人の関係」>

 住宅のいわゆるサブリースにおいては、賃借人は、契約の相手方である賃貸人が転貸人であるかどうかが判然としないことが一般的なのであるから、転貸人の債務不履行による原賃貸借契約の解除によって、転貸人が住宅を使用する権限を失うとするのは、通常の賃貸借契約と比較して居住権を著しく不安定にするものであって妥当ではない。原賃貸借契約においては、そのような場合に、原賃貸人が賃貸人としての地位を承継するとの条項が定められていることが多く、居住権の安定に資すると思われるので、原則として、原賃貸人が賃貸人としての地位を承継することとし、敷金返還債務の承継、賃料二重払いの危険負担の回避等の賃借人保護の定めを置くのがのぞましい。
 もっとも、住宅サブリース契約においては、賃貸人と転貸事業者との間の権利義務関係についても規律すべき必要性が高いから、別途、民事的効力を有する業法を制定することも検討されるべきである。なお、今秋より、告示による賃貸住宅管理業登録制度が施行され、住宅サブリース業に一定の規制が及ぼされることになっている。

<「7 賃貸借の終了」・「(1) 賃貸借終了時の原状回復」>

 賃借人の原状回復義務について、収去権と別に定めた上で、自然損耗(通常損耗及び経年変化)が除外される旨を明記することは、概ね賛成である。
 また、賃貸住宅契約については、上記の原則に反し、賃借人に自然損耗の修繕義務を負担させる特約を無効とする旨の規定を置くべきである。一部には、原状回復費用を賃借人に負担させる代わりに、毎月の賃料を相対的に低額に抑える賃貸住宅契約もあるとして、特約無効規定に反対する見解もある。しかし、最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決は、「賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであ」って、「建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている」から、「建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗及び経年変化についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになる」と述べて、自然損耗による賃借物件の価値の減少は家賃の支払によって補償されるのが賃貸借契約の本質であり社会通念であって、自然損耗についても原状回復義務を負わせる特約は、「賃借人に予期しない特別の負担」を課すものであるというのである。同判決は、その上で、そのような特約が成立するには、契約書に具体的に明記されているなど明確な合意が要求している。ここからすれば、毎月の賃料がどれだけ減額されており、そのために通常損耗の補修費用が含まれていないのか、これに代わる自然損耗の補修費用はどれくらいであるのか等が明確に合意されることはなく、およそ「賃借人に自然損耗の修繕義務を負担させる代わりに、毎月の賃料を相対的に低額に抑える」特約が成立する余地はないのであるから、特約の効力を否定しても問題はなく、むしろ成立していない特約を根拠にして、社会通念や賃貸借契約の本質に反し、賃借人に自然損耗の修繕費用を請求するトラブルの発生を防止するためには、明確に、かかる特約を無効とすべき必要性が高いといえる。

<「7 賃貸借の終了」・「(3) 損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限」・「ア 用法違反による賃貸人の損害賠償請求権についての期間制限」>

 賃借人の用法違反による賃貸人の損害賠償請求権については、返還時から1年以内と期間が制限されている(民法621条、600条)が、賃貸借の目的物の返還を受けた後は、賃貸人の支配下に置かれるのであるから、損害賠償請求は容易であるし、これを長期化すれば、反証不能な時期になってから賃借人が損害賠償請求を受けるおそれもあることから、変更の必要を認めない。

<新たな検討事項>

 賃貸住宅契約においては、礼金、更新料、敷引金、定額補修分担金など、物件使用の対価である家賃以外に、賃借人に一時金の支払を負担させる条項があり、その妥当性がつとに問題視されてきた。このような一時金は、公営住宅法20条、旧都市基盤整備公団法28条1項6号・同法施行規則23条、旧住宅金融公庫法35条1項・同法施行規則10条1項、特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律3条6号・同法施行規則13条において禁止されており、公営・公的住宅においては使用されないなど公序を形成していた。
 最高裁は、敷引や更新料について、高額に過ぎるなど特段の事情のある場合を除き、消費者契約法10条により無効とはならないとの判断を示しているものの、それまでの下級審はこれらの一時金の支払条項を概ね無効と判断しており、最高裁判決に対しては学説等からの批判も強い。
 そこで、今般の民法改正に際し、賃貸住宅契約においては、名目の如何を問わず、賃料以外の一時金の支払を賃借人に負担させる契約の効力を否定する旨の規定を置き、賃貸住宅契約の実質的公正を図ることが望ましい。