民主法律時報

大阪地裁平成22年12月27日判決 NTTアセットプランニング事件報告

弁護士 長 瀬  信 明

  1. はじめに
     2008年12月号(No.438)でご紹介したNTT西日本アセットプランニング事件の判決が、年も押し迫った昨年2010年12月27日、大阪地裁第5民事部で下された。
     本件は、いわゆる専門業務偽装事件(実際は、派遣期間の制限(原則1年、最長3年)のある「通常の業務」での派遣であるにもかかわらず、契約上は派遣期間の制限のないいわゆる「専門26業務」として派遣し、派遣期間の制限を潜脱する手法)について、裁判上、はじめて正面から判断されるということもあり、注目を浴びていた。
     しかし、主文はたったの2行「1 原告の請求をいずれも棄却する。2 訴訟費用は原告の負担とする。」というもので、原告の全面敗訴であった。
     法を無視する企業の態度を是認する一方で、日々実直に働く労働者たちの心を挫く極めて不当な判断と言わざるを得ない。

  2. 事案の概要
     原告は、平成14年春、ハローワークにおいて、NTTドコモへの人材派遣業務等を主要業務とする株式会社KDC(旧「近畿データコム株式会社」、以下、「KDC」という)が出していた「職種;宅地建物取引主任者」、「仕事の内容;不動産現場立ち会い、監督、不動産物件のメンテ、不動産関係の資料作成事務等」という求人票を見て、同社に派遣登録し、その後、NTTグループが所有する不動産の仲介、管理業務等を行う株式会社NTT西日本アセット・プランニング(以下、「NTT西日本AP」という)に派遣された。
     就業条件明示書によれば、原告が従事することとされた業務は、派遣期間の制限のないいわゆる「専門26業務」(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下、「派遣法」という)40条の2第1項1号、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律施行令(以下、「施行令」という)4条)のうち5号「機器操作」及び9号「調査」であった。
     しかし、原告が実際に従事した業務内容は、専門的な「機器操作」や「調査」ではなく、KDCの求人票の内容どおり、契約の媒介・あっせん、立ち合い、不動産の管理、営業といったものであり、不動産業者が通常行うものであった。
     派遣契約はほぼ自動的に11回も更新され、原告は、派遣期間の制限のある通常の業務に5年9か月もの間、従事してきたのである。
     そもそも、不動産管理会社で不動産管理の仕事をする以上、「専門26業務」に当たらないのは明白である。
     したがって、こうした業務に派遣労働者として雇い入れる行為そのものが、期間制限を潜脱する意図があったと言わざるを得ず、極めて悪質である。
     仮に、派遣としての受入が可能な期間だけでも派遣労働者の実態がある以上、派遣法の適用があるとの立場に立ったとしても、派遣労働者として受入可能な期間は1年ないし3年であり、いずれにしてもすでに派遣労働者としての受入可能期間を過ぎていたことを十分認識していたはずなのである。
     平成19年10月、原告は、安定した身分を確保すべく派遣先であるNTT西日本APに平成20年4月以降、直接雇用をするよう求めたが、NTT西日本APはこれを拒否した。それどころか、原告には何の落ち度もないのにそれまで11回も更新してきた原告の派遣契約の更新を、業務量の減少等を理由に突如として拒否したのである。前年には、直接雇用できるかも知れないという直属の上司の話もあって期待をしていたほどであり、契約更新拒否の理由は全く不明であった。
     平成20年3月、原告は被告NTT西日本アセットプランニングでの就労実態につき疑問に感じて大阪労働局に単独で相談に赴いたが、そのとき大阪労働局は申告として受け付けず適切な対応を行わなかった。同年9月になって、原告は改めて代理人弁護士らと共に、大阪労働局に自らの派遣就労の違法状態について是正指導を求めて申告をした。これを受けて、同年10月2日、大阪労働局は、NTT西日本AP及びKDCの2社に対し、原告の就労のさせ方に違法がある旨認定し、10月30日、文書により違法状態を是正するよう是正指導を行った。

  3. 本件の争点
     本件の争点は、(1)原告と派遣先の被告APとの間の労働契約の成否(争点1)、(2)仮に原告と被告APとの間の労働契約が認められるとした場合、原告との間の同契約関係を終了させたこと(解雇ないし雇止め)の有効性並びに賃金請求権の有無及びその額(争点2)、(3)被告KDCに対する不当利得返還請求の成否及びその額(争点3)、(4)被告らの原告に対する共同不法行為の成否並びに損害の有無及びその額(争点4)、である。
     そして、争点1については、さらに、(ア)黙示の意思表示に基づく労働契約の成否、及び(イ)派遣法40条の4違反に基づく期間の定めのない労働契約の成否、が検討された。

  4. 判決内容

    (1)原告と被告APとの間の労働契約の成否(争点1)について

     結論として、裁判所は、原告と被告APとの間の労働契約を認めなかった。

    ア.原告と被告APとの間に黙示の労働契約の成否
     まず、被告APにおける原告の業務内容が、政令26業務(政令5号業務あるいは政令9号業務)に該当するかについては、「原告が政令26業務のうちの政令5号及び9号の各業務に従事していたことを窺わせる。」という表現をしつつも、結論としては、「原告が従事した貸付管理代行業務は、その一部においてデータの入力や賃貸借契約書の作成等、パソコンの操作等があるが、『電子計算機、タイプライター、テレックス、又はこれらに準ずる事務用機器の操作の業務及びその過程において一体的に行われる準備及び整備の業務』(政令5号業務)に該当するとは認め難い。」、「原告が貸付管理代行業務の中で、行っていた現地調査は、上記1(1)エ(イ)で認定したとおり同物件について、変更が施されていないかどうか確認し、現況を写真に撮影する等飽くまでも不動産の物件管理のための調査が中心であり、賃貸が可能か否かを調査する業務で、あって、それに賃貸借物件の適正賃料の調査業務を踏まえたとしても『顧客ニーズを的確につかんで製品計画を立て、最も有利な販売経路を選ぶ活動(マーケティング業務)』(政令9号業務)とは言い難い。」と判断している。
     また、補足的に、「本件全証拠によるも原告が従事していた貸付管理代行業務の中で、政令26業務の対象となる業務がほとんどで、それらに該当しない業務の割合が1日又は1週間当たりの就業時間数の1割以内で、あったとまでは認められず、かえって、上記(ア)で認定説示したことに証拠(甲21、34、原告)を総合すると、原告が同従事していた業務のうち政令26業務(政令5号及び9号の各業務)に該当しない業務の割合が1日又は1週間当たりの就業時間数の1割を超えていたことが認められる。」とも判断している。
     そして、「以上の(ア)(イ)で認定した事実に上記(1)クで認定した大阪労働局が被告らに対し、労働者派遣法26条1項違反(政令26業務に該当しない業務に従事させたこと)を指摘し、是正指導を行っていたことをも併せ踏まえると、被告らは、原告の従事した業務について、労働者派遣法26条1項に違反していたと解さざるを得ない。したがって、この点に関する被告らの上記主張は理由がない。」と判示している。
     しかし、派遣法26条1項違反を認めながらも、黙示の労働契約の成否については、松下PDP事件最高裁判決(最高裁平成21年12月18日第2小法廷判決民集63巻10号2754頁)を「参照」しつつ、規範を定立している。すなわち、「派遣元(本件では被告KDC)に企業としての独自性があるかどうか、派遣労働者と派遣先との間の事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払関係があるかどうかといった点を総合的に判断して決するのが相当であると解する。より具体的には、労働者が派遣元との派遣労働契約に基づき派遣元から派遣先に派遣された場合であっても、派遣元が形式的な存在にすぎず、派遣労働者の労務管理を行っていないのに対して、派遣先が実質的に派遣労働者の採用、賃金額その他の労働条件を決定し、配置、懲戒等を行い、派遣労働者の業務内容・派遣期間が労働者派遣法で定める範囲を超え、派遣先の正社員と区別し難い状況となっており、派遣先が、派遣労働者に対し、労務給付請求権を有し、賃金を支払っている等派遣先と派遣労働者間に事実上の使用従属関係があると認められるような特段の事情がある場合には、派遣先と派遣労働者との間において、黙示の労働契約が成立していると認められる場合があるというべきである。」と判示し、結論としては、黙示の労働契約の成立を否定した。
     本判決が定立した規範が、論文等から引用ないし参考にしたものなのか、まったくのオリジナルなものか調査中であるが、いずれにしても、あえて労働契約の成立を否定する要素をピックアップしているとしか思えない。派遣元の企業としての独自性を要求している点に端的に表れているが、偽装請負の事件と異なり、業務偽装の事件において、企業としての独自性が問題となることはほとんどないのではないだろうか。
     本来であれば、そもそも雇用契約というものがどういうものであるのか、派遣法の趣旨等を具体的に考察した上で、規範を導くべきであるが、そうした姿勢はまったく見えない。

    イ.派遣法40条の4違反に基づく労働契約の成否
     判決は、「派遣先である被告APについて、派遣労働者である原告に対する直接雇用の申込義務が認められるためには派遣先である被告APが派遣元である被告KDCから抵触日に関する通知を受けたことが要件となる(同法40条の4)。そこで、被告APであるが、同法40条の4に基づいて、派遣元である被告KDCから抵触日に関する通知を受領していない。したがって、被告APの原告に対する直接雇用申込義務の発生要件が欠いているといわざるを得ず、その限りにおいて、原告の上記主張は理由がない。」という極めて形式的な論理でこの争点についても、否定している。
     さらに、「上記の点をおいて、仮に派遣先が派遣社員に対する同法40条の4に基づく直接雇用申込義務を履行しなかったとしても、それはあくまで義務の不履行で、あって、それを超えて直ちに、派遣労働者との間で直接的な労働契約関係が発生するとは解し難い。」として、派遣法40条の4違反の効果について、判示しているが、労働契約の成立を認めるものではない。

    (2)原告と被告APとの間の労働契約が認められるとした場合、原告との間の同契約関係を終了させたこと(解雇ないし雇止め)の有効性並びに賃金請求権の有無及びその額(争点2)について
     この点については、上述のように原告と被告APとの労働契約を否定しているため、「原告と被告APとの間で労働契約が成立しているとは認め難く、原告の被告APに対する地位確認及び同地位を前提とする賃金請求は、いずれも理由がないといわざるを得ない。」と判示している。

    (3)被告KDCに対する不当利得返還請求の成否及びその額(争点3)について
     原告と被告KDC間の本件派遣労働契約及び被告ら間の本件労働者派遣契約がいずれも有効に成立していることを前提に、「被告KDCが被告APから受領した原告の派遣に係る派遣料金は、被告ら間の本件労働者派遣契約に基づいて受領したもので、あって、同受領は法律上の原因が存在するといわなければならない。したがって、原告の上記請求は、その余の点(原告の損失、利得と損失の間の因果関係等)について判断するまでもなく、理由がない。」と判示した。

    (4)被告らの原告に対する共同不法行為の成否並びに損害の有無及びその額(争点4)について
     判決は、被告ら間の本件労働者派遣契約等を基礎とする原告の派遣就労が派遣法26条1項に違反していることを認めつつも、「①原告が被告APの下で従事していた業務の中には、政令26業務のうち、政令5号業務及び政令9号業務に該当する部分が含まれていること、②被告KDCは、原告の被告APへの派遣就労について、労務管理(勤務表の提出や有給休暇付与通知等による原告の労働時間管理等)や契約更新手続を適切に行っていたと認められること、③原告と被告KDCの派遣労働契約及び被告ら間の労働者派遣契約はいずれも有効である一方、原告と被告AP間に黙示の労働契約が成立しているとは認め難く、被告APが被告KDCとの本件労働者派遣契約を終了したこと自体、解雇あるいは雇止めには該当しないことがあるところ、以上の事実を踏まえると、上記違法派遣行為を前提として原告らの行為が違法行為であると主張する部分(直接雇用義務違反行為、本件解雇ないし本件雇止め行為)は、いずれも理由がないといわざるを得ない。」と判示してる。
     また、被告APの主張の不合理な点を指摘しつつも、「原告と被告APとの間に黙示も含めて労働契約が成立していたとは認められないこと、被告APのM課長及びI課長は原告に対し、契約社員に推薦する旨述べたものの、必ず原告が契約社員になれるといった発言をしたことはなかったこと、その他、本件全証拠を総合勘案しても、被告らが原告の雇用継続に関して、法的保護に値するに足りる期待権を生じさせるだけの行為があったとは認められない。」と判示した。

  5. 判決の検討
     本判決もまったく評価できる点がないわけではない。すなわち、大阪労働局が被告らに対し、派遣法26条1項違反(政令26業務に該当しない業務に従事させたこと)を指摘し、是正指導を行っていた事実、及び、原告の従事した業務について、被告らが派遣法26条1項に違反していたことを積極的に認めた点である。最低限、これらの事実を認定したのはせめてもの救いである。
     しかし、評価できる点に比べて圧倒的に問題点の方が多いといえる。今後、批判的検討がなされるであろうが、いくつか問題点を指摘しておく。
     まず、事実認定の誤りが多く認められる。例えば、上述のように被告APが原告の賃金額等の決定に一切関与していないと認定している点など枚挙にいとまがない。
     また、上述のように、黙示の労働契約の成否を検討する際の規範の定立及び事実のあてはめについても、黙示の労働契約の成立を否定するという結論ありきで、否定するために都合のよい事実を寄せ集めたと言わざるを得ない。
     さらに、最大の問題点ではないかと思われるのが、「原告は、上記(2)イ(ウ)で認定したとおり被告KDCとの間の本件派遣労働契約、被告ら間の本件労働者派遣契約に基づいて被告KDCから被告APに派遣された派遣労働者であって、仮に原告が主張するように原告の被告APへの派遣について、労働者派遣法違反の事実があったとしても、そのことをもって、原告に対する上記労働者派遣という実態に変更はなく、また、被告APの原告に対する指揮命令という事実も、労働者派遣であれば当然のことであって、直ちに同事実が原告と被告APとの間の労働契約関係を基礎づける事実になるものではない。」と判示している点である。これでは派遣法に違反する事実があり、これに対して労働局が違法を認定し、是正指導したとしても、それまでで、司法上の救済は何らなされないことになりかねない。こうした判断を目の当たりにすると、やはり、派遣法違反の事実があった場合、派遣先との間で雇用契約が締結されたと看做される旨の規定の創設が望まれる。
     また、原告が主張している派遣法40条の2違反について、判決文では全く触れられていない。
     なお、職安法44条、労基法6条、民法90条違反についても、同様である。
     さらに、派遣法40条の4違反の効果についても、何も認めておらず、労働者保護という視点が欠落していることが明白である。
     また 判決は「法的保護に値するに足りる期待権を生じさせるだけの行為があったとは認められない。」と判示するなかで、被告APのM課長及びI課長の発言等の個々の行為を検討しているが、我々が訴えていたのは、そうした個々の行為だけでなく、原告の就労実態を大局的に捉え、五年以上にわたって更新を繰り返してきたことそれ自体が、法的保護に値する期待権を生じさせたということであった。
     以上のように、本判決は、個々の労働者の就労実態や保護などお構いなしに、極めて形式的な論理で、簡単に結論を導こうとしているということが分かる。被告KDCに対する不当利得返還請求の成否及びその額(争点3)について、法律上の原因があるというだけで、その他の要件を検討するまでもなく、わずか七行で判示している点がそのあらわれである。

  6. おわりに
     判決文が読まれ、裁判官たちが逃げるように法廷を後にした後、原告のSさんは、しばらくは茫然自失の状態で、全身の力も抜け、何も考えられないようであった。その後、支援の方たちに挨拶をし、記者会見に備え、弁護団で会議をするうちに、徐々に怒りが込み上げてきたのであろう。意を新たにし、控訴することとなった。
     本件がどれほどの強度の違法性を有する事件であるかを裁判官に十分理解させることができなかった我々弁護団の責任でもある。控訴審にあたっては、本判決の問題点を十二分に検討し、リベンジを果たしたい。

(弁護団は、村田浩治、立野嘉英、谷真介、長瀬信明)

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