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意見書

「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」に反対する意見書

2021年11月12日
民 主 法 律 協 会
会 長  萬 井  隆 令

第1 はじめに

法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会において、民事訴訟手続のIT化についての検討が進んでいる。しかし、同部会の「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」中には、これまで積み重ねられてきた労働裁判を支援する労働組合や支援運動の力を削ぎかねない内容が含まれている。

当協会は、弁護士、研究者、労働組合等により構成され、各種の労働問題に取り組む団体として、「中間試案」について、以下のとおり、反対・慎重意見を述べるものである。

第2 ウェブ方式による口頭弁論・証拠調べについて

 「中間試案」は、当事者が異議を述べたとしても、裁判所が「相当と認めるとき」は、いわゆるウェブ方式による口頭弁論期日の開始決定を可能にする。また、人証調べについても、現行法の「証人が遠隔の地に居住するとき」とのテレビ会議システムの要件を削除するなどウェブ方式の要件を大幅に緩和するともに、「相当と認める場合において、当事者に異議がないとき」には緩和された要件も不要とする。さらに、合議体の裁判官の一部が現地に行き、一部はウェブ方式で参加する「ハイブリッド方式」による証拠調べを提案しているが、それを裁判所が相当と認めるだけで実施できるとし、口頭弁論期日ではなく公開原則の適用もないとしている。

これらが立法化されれば、法廷に当事者が出頭しなくても口頭弁論期日を開催することや、法廷に証人や本人が出頭しなくても尋問を実施することも可能になる。当事者、証人が法廷に所在しない場合、傍聴もモニター越し、あるいは、音声のみのものとなってしまい、「ハイブリッド方式」に至っては公開さえ保障されない。

 ウェブ方式による口頭弁論・証拠調べには、以下の各問題がある。少なくとも、当事者の一方に異議がある場合にはウェブ方式による口頭弁論・証拠調べは行えないとすべきである。また「ハイブリッド方式」は、その要件からも、公開原則が適用されないことからも、導入そのものに反対する。

 裁判の公開は、国民・市民の監視により、裁判の公正を確保するために必要とされるもので、裁判制度の基本原則の一つである。裁判の公開は、両当事者による「対審」を保障するもので(憲法82条)、裁判官だけを対象とするものではない。当事者も代理人もいない法廷での口頭弁論では国民・市民の裁判監視が妨げられる。

特に労働事件では、傍聴に参加した労働者・労働組合関係者が被告企業や代理人を監視する活動が、緊張感のある裁判手続を実現し、裁判所にも安易な訴訟指揮をさせないという重要な役割・機能を果たしてきた。

 モニター越しでは、当事者(被告企業や代理人)も裁判官も緊張感が欠けてしまうことは必至である。裁判所に人証の採否を迫るなど訴訟上の重要な働きかけをする際にも、モニター越しでは発言の趣旨を十分伝え、迫ることが出来ない。裁判所の安易な訴訟指揮を許すことにもつながりかねない。

使用者は、口頭弁論の際に法廷に出頭しなくても良いことになれば、出頭を避けることが予測され、口頭弁論期日において、当事者同士で、法廷で意見を直接・口頭で戦わせることも出来なくなり、直接主義、口頭主義といった訴訟の原則を犯すだけでなく、その長所を減殺することになりかねない。

 会社側担当者や経営者本人を尋問する際、労働者・労働組合を含めた傍聴者の見守る中で、直接問いかけるからこそ、安易な回答(証言)をさせず、事実を引き出し、真実に肉薄することが出来る。法廷からも傍聴者からも隔絶され、モニター越しに行う尋問では、証人・本人の緊張感が薄れ、心理的ハードルが下がった状態で、事実に反する証言・陳述をする恐れがこれまで以上に高まると予測される。

ウェブ方式では、いわゆるカンペの利用やチャット機能での指示・アドバイス、画面分割等可能となり、尋問における不正を防止できない等の問題もある。

公開の法廷において、傍聴者の前で尋問するからこそ、裁判で事実を解明することが出来る。ウェブ方式の尋問では、裁判の真実発見機能は減退することは必至である。

 ウェブ方式による口頭弁論は、裁判支援の運動の力や影響力を減殺する。

労働事件においては、口頭弁論の傍聴を通じ、法廷で行われていることを法廷外に伝え、裁判への関心を広げ、世論にも働きかける運動を行ってきた。支援が拡大する中で、事件についての視点や主張が深まることは多く、新たな証拠・証人の発見につながり、法廷での立証活動に直結することもある。裁判手続は、傍聴を中心とする支援活動を媒介として、社会とのダイナミックで双方向な係わりの中で進展している。

裁判支援運動は、裁判の公開、直接主義、口頭主義の原則の下で法廷傍聴を核にして行われてきた。傍聴がその効果において実質的に限られたものとなれば、支援運動の力も減殺されてしまう。

 権利の実現を求める労働者にとって、口頭弁論や尋問すらウェブ手続となれば、裁判手続に直接関与している実感が持てず、また、裁判所において審理が尽されたという感覚をもちにくく、裁判に対する満足度が下がる。

東京大学社会科学研究所の「労働審判制度についての意識調査」によれば、約6割の労働者が、労働審判手続の結果に満足していると回答し、理由として、「自分の立場を十分主張できた」、「充実した審理が行われた」という点を挙げている。当事者は、自らの意見を直接対面して伝えることで手続に直接関与しているとの実感を持つとともに、充実した審理が尽くされたとの感覚を持つのである。

裁判手続に関わっている実感や、満足度・信頼感が下がるのは、傍聴などを通じて裁判を支援する支援者にとっても同様である。

第3 第三者の閲覧等の制限の決定に伴う当事者の義務について

 「中間試案」は、民訴法92条1項における第三者に対する閲覧等制限に加え、当事者・訴訟代理人に「目的外利用、開示をしてはならない」義務を課すこととしている。同条は、訴訟記録中に含まれる、当事者の私生活についての重大な秘密又は当事者が保有する営業秘密についてのものであるが、現在、閲覧制限の申立が他方当事者に知らされることはなく、反論の機会も不服申立の制度もない。それは、第三者に対する制限のみで、当事者・訴訟代理人に対して義務を負わせるものではないからだと解されている。

 当事者・訴訟代理人に目的外利用、開示を制限する義務を課すことには反対である。

 労働事件においては、労働組合や原告労働者の支援者が、裁判の中で入手した証拠等に基づいて事実を訴え、裁判支援の運動を展開してきた。

閲覧制限された書面や証拠の利用を制限する法的義務が課されれば、このような活動が大きく制約され、裁判支援の運動の発信力、影響力が減殺されることは避けられない。代理人弁護士の懲戒理由とされる恐れもあるため、萎縮効果は極めて大きなものがある。

 労働事件では、原告の同僚が同種の請求権を持っているケースは多数存在し(長時間労働が恒常化している職場での残業代請求等)、労働組合や支援団体が、労働者に権利行使を呼びかける活動を行うことがよくある。使用者が異なる場合でも、労働組合等が、同種・類似の事件で労働者の権利行使に資する資料を、情報提供・共有することがある。労働事件においては、構造的に使用者側に証拠が偏在しているため、労働者間や労働組合を通じた情報提供や情報共有は、裁判資料の有効な収集方法の一つとなっている。

ところが、当該訴訟以外での書面・書証の利用・開示が出来なくなれば、他の労働者・労働組合等に対する情報提供や情報共有も出来なくなってしまい、労働者の団結活動が著しく阻害される恐れもある。

第4 「新たな訴訟手続」について

 「中間試案」は、「新たな訴訟手続」として、現時点では、個別労働関係民事紛争は対象事件から除外されているが、審理期間を6ヶ月以内に制限する訴訟制度を設けるものとした。パブリックコメントでは反対意見が多数であったが、法制審事務局が2021年10月15日に出した制度案においても、「新たな訴訟手続」の提案は維持されている。 事務局案では、手続開始から審理終結までを6ヶ月以内、当事者の攻撃防御方法提出は5ヶ月以内としており、当事者はその期間内に可能な主張と立証しか行えない。判決に対しては異議を申し立てることが出来るが、異議後に審理・判決を行うのは新たな訴訟手続を担当したのと同じ裁判官である。また、手続途中での通常訴訟への移行申立ても提案されているが、通常訴訟に移行しても同じ裁判官であるため、実質的な審理がなされるか疑問である。

 当協会は、以下の理由から、「新たな訴訟手続」の導入に反対である。

 現時点では対象事件から除外されている個別労働関係民事紛争も、制度導入後に例外が撤廃される可能性がある。

また、労働基本権などが主たる争点にもかかわらず、形式的に個別労働関係民事紛争に該当しないとされることも十分にありうる。例えば、近時、使用者から労働者に対して、名誉棄損等を理由とする損害賠償請求事件が増えている。憲法28条の労働基本権などが主たる争点であるにもかかわらず、それは個別労働関係民事紛争であるとして、「新たな訴訟手続」の対象とされることになりかねない。また、形式的には労働契約以外の契約形態(請負や委任等)を取りながらも、使用者からの指揮監督があることから、労働契約に該当するかどうか自体が争点となることがある。「雇用によらない働き方」が推奨される中で、かような類型の事件は増加が予測される。労働契約該当性が主たる争点にもかかわらず、労働契約の形式ではないことから、個別労働関係民事紛争に該当しないとして、「新たな訴訟手続」の対象とされることにもなりかねない。そうすると、労働契約該当性という複雑かつ専門的な争点について充実した審理がなされないことが危惧される。

 審理期間を限定した訴訟手続を創設する立法事実はなく、ニーズが存在しない。

労働事件については労働審判制度があり、早期解決のニーズがある個別労働関係民事紛争については、労働審判が利用されている。新たな訴訟制度を設ける必要性は乏しい。

また、労働事件は当事者間の主張の対立が大きなものも多く、訴訟手続で主張立証を尽くし、事実解明を行った上で、解決を図るべきものである。

 労働事件は、使用者が必要な証拠の大半を保有しており、また、労働者が資料を持ち出すと就業規則違反等に該当する場合もあって、極端な証拠偏在となっている。

このため、労働者は、訴訟手続において、求釈明、文書送付嘱託、調査嘱託、文書提出命令等の制度を駆使して事実の解明に必要な証拠を収集した上で、使用者側証人や代表者に対する尋問を尽くさなければ、証拠偏在による立証力の格差を是正し、裁判所に適正妥当な事実認定を期待することは出来ない。

短期間のラフな手続では、訴訟制度上の証拠収集手続を利用することは物理的に困難で、労働者の救済を大きく制約することになる。

 現在、個別労働関係民事紛争を「新たな訴訟手続」の対象から除外しているからといって、「新たな訴訟手続」の導入に賛成することは到底できない。

第5 和解に代わる決定について

 「中間試案」は、裁判所が、和解を試みたが調わない場合、相当と認めるときは、一切の事情を考慮して、職権で事件の解決のため必要な和解条項を定める決定をすることができる制度(和解に代わる決定)を導入する、としている。

 当協会は、以下の理由から、「和解に代わる決定」の導入・新設には反対である。

 現在は、和解は当事者の意思に基づく互譲によるもので、当事者の意思に反して、裁判所が和解を強制することはできない。ところが、「和解に代わる決定」は、実質的にはいわば「強制和解」というべきものである。

労働裁判では、争点が複雑で長期化する事案が多いことも一因で、裁判所が、事件の終了のみを目的に審理が不十分なまま強引な和解を行うことも少なくない。「和解に代わる決定」は、このような全く望ましくない現状を追認するものである。

 民事裁判では、終局判決で、裁判所が、権利義務関係の存否を判断し、理由を示すことになっている。労働事件では規範的な要件が多いことから、特に、判例(同種事件でどのような法解釈がなされたか)が実務において重要な位置を占め、同種事件の審理にも大きな影響を与える。

ところが、「和解に代わる決定」は理由を付すことを求められておらず、なぜその内容の決定を行うのかが全く不明である。いわば「理由無し判決」であり、当事者である労働者や労働組合の納得を得ることは出来ない。「和解に代わる決定」が多用されれば、裁判例の積み重ねによる法形成機能は大きく損なわれることになる。

 判決を書かずに「和解に代わる決定」で事件を終了させられるとなれば、裁判所が権利関係の存否の確定を目指した緻密な審理を行わなくなり、審理自体が粗雑なものとなってしまう恐れが大きい。そのことは、当事者にとっては「裁判を受ける権利」が実質的に損なわれ、民事裁判制度そのものに対する不信につながることになり、司法制度を根底から覆す事態になりかねない。法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会が目先のことに捉われ、そのような大きな視野をもっていないという危惧を拭うことができない。

以 上

「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」に反対する意見書(2021.11.12)pdfファイル

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