民主法律時報

《エッセイ》加藤周一からの手紙 民法協の一頁

弁護士 大江 洋一

 ソ連邦崩壊の直後といっていい時期に、民法協の35周年記念講演を、「知の巨人」と称される加藤周一さんに依頼した。1991年のことだ。「社会主義に未来はあるのか」というのがテーマである。

直接依頼に足を運んだのは実行委員長としての私と、当時事務局長だった出田さんだった。学生時代に懇意だった京都生協専務理事の井上吉郎君に仲立をしてもらった。意外に気軽に引き受けてくれた(ようにみえた)。それ以後、私から加藤さんに、手紙で、民法協の組織の紹介と、演題への意図を伝えた。

実は、まったくお恥ずかしいことに、私自身は名前を聞いたことがあるという程度で、『羊の歌』も読んだこともなく、教科書に載っていたことすら知らなかった。企画段階で、彼に心酔していた出田さんが強く希望したので、講演料は民法協にしては弾まねばと腹を括った。

依頼の趣旨には、ソ連邦の崩壊は「社会主義の理想」の崩壊・喪失ということになるのか? 我々はどうすれば再起、再生できるのだろうか、という素朴かつ深刻な問いかけに、率直に加藤さんの考えているところ聞かせてほしい、と書いた。実は、私としても日弁連の刑法改正委員会活動の中で、「体制としての社会主義」の現状への疑問から、その問題点を何とはなしに意識し始めていた時期であり、「安穏な社会主義者」たちに目を開いてもらいたいという些か不遜な思いもあった。

講演内容は、慎重を期した加藤さんの意向に沿って文章化しなかったので、いささか記憶はあいまいであるが、マルクスが目指したものは正しい方向を示している、しかし、問題を抱えてきたのは事実であり、事実から目をそらさず、問題点を率直に受け止めていかなければならない、そのためには、科学や文化・芸術の幅広いバックグラウンドが必要だ、というような趣旨だったように思う。「お好きなようにしゃべってください」と言っていたものの、加藤さんは、話しながら司会者席の私のほうをちらちら見ながら、「おい、ここまで言ってもいいんかい」と何度か目で問いかけてきた。私はその度に大きくうなずいて、「もっともっと遠慮なくやってください」とけしかけるように頷き返した。それに安心したのか、それ以後も一段と気分が乗ったのか、文化・芸術への寄付免税の話まで饒舌といえるような話ぶりだった。超満員の会場(旧弁護士会館6階)は、大きく盛り上がった。終了後のレセプションや一休みした喫茶店、2次会にも快く参加された。加藤さんも本当にご機嫌だった。

それ以来私も『夕陽妄語』などを意識的に読むようになったが、今回予期せぬ事態で時間ができ、これを機会に『日本文学史序説』を妻の本棚から引っ張り出して読み始めることとした。

上巻を開くと、写真とチラシと手紙が挟まれていた。私からの講演のお礼状への返事だ。
冒頭、「良いお手紙をいただき、大いに勇気づけられました。『大衆的運動の再生のために』も拝見、まことに説得的な議論だと思いました。」から始まり、「ご返事が遅れたのは、お手紙の内容が重く、おざなりのお礼を書きたくないと思ったからです。」と続き、「先日の「社会主義再考」は、小生にとっても一歩踏み込んでマルクス主義そのものに対する小生の考えをまとめて表現するのによい機会になりました。」「公的な発言で、しかしそれが反動的権力とその手先によって利用される恐れのない(または少ない)機会はめったにありません。小生の意見が少しでもお役に立ったとすればこれほどうれしいことはないのです。」と書かれているではないか。あの時期、彼は、真剣にこのテーマを掲げて一歩を踏み出す機会を模索していたのだ。彼が二つ返事で引き受けてくれたことはそういうことだったのだ。

マルクスを理解し、共感もしながら、その現実の問題点も鋭く見抜いてきた彼としては、これを契機として「評論家」から「良心的実践派」へと、一つの踏ん切りがついたのではないか。後の「九条の会」の立ち上げに連なったといってよかろう。この手紙を読み直して、当時は全く理解していなかったことが、いまごろようやく見えてきたような気がしてきた。しかも、最後に「もう一度良いお手紙に御礼を申します。」と締めくくられているではないか。加藤さんにとっても本当に良い機会だったのだ。

この手紙は単なる事務的なやり取りではない。エポックメーキングなエピソードの記録といえる貴重な手紙ではないか。その時撮った写真とともに、これは私にとっての「宝物」なのだ! この手紙を見せたら出田さんは悔しがるだろうな、と思ったその時、この手紙のたった一つの重大な「瑕」に気が付いた。
なんと、宛名が「大川洋一君」となっているではないか。封筒にはきちんと「大江」と書いていたのに・・
1991年、民法協35周年記念事業のなかでの一幕であった。

※『大衆的運動の再生のために』は民法協の本多・片岡先生還暦記念文集に寄せた拙稿である。民法協の事務所にはあるでしょうから、興味ある方は目を通していただければ幸いです。

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